第10話ーノアの弱小PMCー


「期待以上の働きをしてくれたようだね、異次元からの来訪者君」


「……」


「私の秘書が泣きながら連絡してきたときはどうしたものかと思ったがね」


「……言わないでください」


「君もよくやった。ステイシス」


「別にぃ。何もしてないけどぉ……」


 管制室。

 包帯を全身に巻かれ処置されているヒナキは黙って車椅子に乗っていた。

 ライフル弾を身に受けた上、ステイシスの蹴りで内蔵が傷ついたためしばらくは安静にしておかなければならないという。

 むしろその少女の蹴りを受けて体に風穴が開かなかったことに、彼を処置した医療スタッフが驚いていたくらいだ。


 一方のアリアはあの後総一朗に連絡を入れた。

 泣きながらこのとんでもない二人と傭兵業を行うのは無理だとまず伝えたのだ。

 総一朗は落ち着いたもので、その言葉を一旦置きアリアの無事を確認し侵入者の排除、撃退が完了した旨を聞き出し自分の元へ来るように伝えた。


 失神したステイシスは彼女専門の医療班に運ばれて容態を確認された後に問題無しと判断された。

 メディカルコクーンが破壊されたために療養を継続することはできず彼女専用の管制室へ戻されたのだ。

 拘束衣を再び身に着けさせられたステイシスは少々不機嫌そうな顔で総一朗の前に立っているのだが、しきりに車椅子に座る男を気にしているようだ。


「事後処理は私の部下に任せてある、安心したまえ」


「逃げた本土兵士の行方はどうなりました?」


「不明だ。恐らく追跡できないよう様々な策を立てているようでね。かなりやり手の侵入者だったようだ」


 そう言いながら総一朗はモニターに死んだ兵士が身につけていた装備の画像を映し出した。


「装備は全て政府直轄の製造会社のものだった。君が確認したとおり、今回の侵入者は政府軍直属部隊の兵士ということになるが……。ドミネーターの大規模侵攻と重ねてきているところを見るときな臭いものを感じずにはいられん。なにかわかるか、来訪者君」


 総一朗はそう言って話を車椅子の男に振った。

 彼は少しばかり考えを巡らせている様子だったが、観念したように口を開く。

 目の前の白面の男はある程度自分の身柄を保護してくれるようではあるし、いつまでも警戒しこちらの腹の内を見せないでいると自分の首を締めることになりそうだったから。


「今回、奴らが彼女を狙ってくると踏んでたが違った。おそらく奴らがこっちの世界のお友達として選んだのがその本土政府軍とやらなんだろ」


「そう、そこだ。君が言う”奴ら”とは一体何者なのだ。先日の大侵攻で現れたあの黒鎧となにか関係があると聞いたが」


 黒鎧。

 その言葉を聞きステイシスは悔しげに歯噛みした。

 いくら調子が悪かったとはいえ圧倒された相手だ……それに。

 あの黒鎧のせいで自分は廃棄処分にされることになったのだから。


「奴らは……あの怪物共との共生を選んだ、元々俺がいた世界の軍人だよ」


「共生? 君の言うあちらの世界では人類とドミネーターの共生が可能だったのか」


「違う」


 ヒナキは右手を顔に当てる。

 自分の顔を覆う帯に触れて何かを思い返すように、そして凄まじい後悔の念と共に言葉を吐き出した。


「奴らは人類を見捨て、人類種の敵になった。もう人間じゃあない、奴らと同じ化け物だ。そんでもって……」


 ヒナキはそこで少し言葉を止め、息をつく。


「俺も以前、奴らの一員だった」


 強烈な殺気。

 身の毛もよだつようなそれに当てられたアリアの額に玉のような冷や汗が湧き、ステイシスの方を確認した。

 ステイシスの荒んだ目が更に鋭さを増し、銀灰色の長い髪がふわりと揺れている。

 いつヒナキに飛びかかってもおかしくない、その張り詰めた空気の中白面の男は言う。


「よしなさい、ステイシス。彼は以前と言った。続きを聞こうじゃないか」


「俺は……俺はそんなつもりじゃなかったんだ。人類の敵に回るだなんてことは……。奴らの思想に気づいた時、俺は寸前のところで人類側につけた。それで……それで奴を殺したつもりだったんだ……あの時あの次元の狭間で……」


 だが奴は生きていて、自分は次元の狭間に閉じ込められた。

 それがどれくらいの期間なのかは正確に把握できない。


「間違いなく言えることは、こっちの世界でも奴らは人類を滅亡に追い込む可能性があるということだ」


「可能性? それが目的ではないのか?」


「おそらく違う。結果的にそうなる可能性があるだけで目的は別にあるはずだ。奴らの目的の一端を担うピースが彼女になるんだろ。だから狙ってきてる」


 ステイシスはそれを聞いて訝しげにしている。

 自分はあの異形の怪物を壊すために使われるだけの存在であり、求められるものではないはずなのだ。

 所詮兵器。

 壊れたら次を作ればいいだけの代替の効く欠陥品のハズ。


「本土政府軍が、君の言う人類の敵と手を組んでいると?」


「あくまでも可能性があるってだけの話だよ。手を組んでるならまだいいが、脅されて……もしくはいい餌をぶら下げられて傀儡にされてる可能性だってある。弱ったものはなんにでも縋ろうとするからな」


 ヒナキはこちらに殺気を向けてくることを止めたステイシスに対し手を振った。

 それを受け、少女は疑いを向けていそうな……戸惑っているような複雑な感情を表情にありありと出している。


「ふむ、とことん興味深い。君の存在は私の……ひいては人類の益となりそうだ。身柄は私が保証しよう」


「それはよかった。こっちの世界で餓死なんてのはごめんだからな」


「しかし生活までは保証しない」


「へ?」


「もちろんだろう。働かざるもの食うべからず。人が文明の中で生活していく鉄則だ。聞いていないか?」


「なにを」


 白面の男はアリアにその無貌を向ける。

 アリアはふるふると首を横に振ったが……。


「君とステイシスは傭兵として民間軍事会社で生計を立ててもらう」


「へ?」

「はぁ?」


 ヒナキとステイシスは同時に目を丸くして疑問を投げかけた。

 しかし総一朗は続ける。


「目標は人類を救うこと。以上だ」


「お、お父様……? 聞いてないわよぉ??」


「君を廃棄処分から救うためだ。君に選択肢はない」


「……うぅ」


 ステイシスはそれを聞いてしょんぼりしてしまった。

 廃棄処分から逃れられるなら……それは逃れたい。

 役に立たない危険な兵器が処分されることは当然であり、頭ではしかたないことと思ってはいても……それでも。


「この方舟で、弱小だが最高なPMCを立ち上げようではないか」


 アリアは頭を抱えた。

 確かに最低限の資金と2人だけの傭兵の民間軍事会社など弱小以外の何物でもない。

 だが1人は異次元からの元軍人、しかも半分ドミネーター側に足を突っ込んでいた経歴あり。

 そしてもう1人は何を隠そう方舟の最高戦力だ。

 取り扱い説明書がそこらの辞書より分厚くなりそうではある2人を抱えて管理できるのか不安でしかない。


「そしてできれば……」


 言葉を続ける白面の男にヒナキは注視する。

 次は何を言い出すのかと。


「彼女に……ステイシスに普通の生活を経験させてあげてほしいと思っている」


 その言葉にステイシスは声を荒げながら言う。


「お父様ぁ、あたしは兵器なんでしょぉ!? なんで今さらそんなコト言うのぉ? もうあたしが……ネロが役に立たないから捨てるつもりぃッ?」


「ステイシス!」


 そこで割って入ったのはアリアだった。

 この場にいる誰よりもその少女に恐怖心を抱いているはずの……。


「あによぅ……」


「総一朗は貴女をただの兵器として扱ったことは一度としてありません……。今回の件だって、貴女のことを第一に考えた結果です」


「……わかったからぁ」


 今まで見たことのないアリアの気迫に圧倒されて少女は黙ってしまった。


「ステイシス」


「なぁにぃ……?」


「彼女の言う通り、私は君をただの兵器として扱ったことはない。私がこの仮面を身につけたときも、君にはなんの恨みの感情も湧かなかった」


 そう言いながら、白面の男はその仮面を右手で掴んで取り外した。

 そこにあったのは壮齢の精悍な男性の相貌。

 だが……その顔の右半分はえぐれており仮面と同じく何もなかったのだ。


「できれば君には、普通の生活をしてもらいたいといつも願っていた。君の普通がPMCに勤めることで手に入るかわからない……というより、まあ普通ではないのだが。それでも」


「……」


「ここにいるよりは遥かにいい日常が手に入るとは思うのだ」

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