同居人
クロノヒョウ
第1話
(まただ……)
知恵は都内のワンルームで一人暮らしをしているごく普通のOLだ。
以前からたまに家に帰ると部屋が綺麗に片付いていることがあった。
はじめは母が来て掃除でもしていったのかと思ったがそうではなかった。
母はもう半年以上この部屋には来ていないと言う。
母の他にこの部屋の鍵を持っているものはいない。
今日も家に帰ると部屋が綺麗になっていた。
パッと見はわからないかもしれないが、今朝慌てて出ていって出しっぱなしにしていたドライヤーがもとの棚にしまわれている。
脱ぎっぱなしのルームウェアがきちんとたたまれている。
知恵は自分が記憶喪失になったのかと不安になっていた。
それとも頭がおかしくなったのか。
どちらにしろ知恵は自分のことが恐ろしくてたまらなくなっていた。
(お帰り……)
その男は天井裏に住んでいた。
もうかれこれ五年になるだろうか。
知恵の前の住人もその前の住人も、みんな知らない間に部屋が片付けられていることを恐がってすぐに出ていった。
だが知恵は違った。
もともと綺麗好きな知恵は男が掃除していることに気付くのが遅かったのだ。
知恵が仕事に出かけると男は天井裏から下りてきて自由に部屋でくつろいだ。
知恵が前の住人たちより綺麗好きでよかった。
それでも気になるところは綺麗に掃除をしていた。
その男はただ潔癖症なだけだった。
知恵が帰ってくる頃に天井裏に戻り、夜はおとなしくしていた。
だが今日はどうしても知恵に近づきたくなった。
知恵が眠りについたのを確認すると梯子を降ろしそっと天井裏から出てきた。
暗闇の中寝ている知恵に近づきそっと顔を覗き込んだ。
「どうしてもお礼を言いたかったんだ。いつも部屋を綺麗に使ってくれてありがとう」
そう言うと男は静かに天井裏に戻っていった。
知恵は必死で震える体を押さえていた。
確かに今、男が天井裏から出てきた。
起きていることがバレたら殺されると思い必死で目を閉じていた。
男の低い声が耳もとでささやいた。
(ありがとう……?)
知恵はどうすることもできずにそのまま恐怖に震えながら朝をむかえた。
会社に行くと知恵の顔色が悪いのを心配した同僚の林田が声をかけてきた。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「ううん。実は……」
知恵はこれまでのことと昨夜の出来事を話した。
「へえ、ただ部屋を片付ける男か。謎だな」
「本当に今まで気付かなかった。ずっと上から覗かれてたと思うともう気持ち悪くて」
「早く警察に通報しよう。俺もついてってやるから」
「うん」
「あ、いや、ちょっと待てよ」
「何?」
「そいつ本当に部屋を片付けてくれるだけなんだよな?」
「うん。本当にそれだけなの。何かが失くなったりすることもなかった」
「試しに俺が住んでみようかな」
「えっ?」
「一週間部屋を交換してみないか? お互いに満足したらそのまま入れ替わればよくない?」
「林田くん、怖くないの? 気持ち悪くない?」
「はは、部屋を掃除してくれる妖怪だと思えばよくないか?」
「そうだけど……」
そうやって知恵と林田はまず一週間部屋を交換してみることになった。
四日後のお昼休み、林田が楽しそうに笑いながら知恵のもとへやってきた。
「もう最高だよあの部屋。家に帰ったら部屋中ピッカピカになってんの。ねえ、俺あそこに住んでいい?」
「う、うん……いいけど」
「荷物は俺が運んでやるからさ」
「わかった」
「すっげえいい部屋じゃん。ありがとうな」
「う、うん」
そうやって知恵と林田は住む家を交換した。
天井裏の男は戸惑っていた。
突然部屋の住人が男に変わったのだ。
しかも部屋は散らかし放題。
男はいても立ってもいられず毎日部屋を綺麗に掃除していた。
だんだんと男はイライラしてストレスがたまってきていた。
毎日これほど部屋を汚していく男にあきれていた。
もうこの天井裏から出ていこうかとも考えながら部屋を片付けている時だった。
テーブルの上にメモ用紙が置いてあるのに目がいった。
男はメモを手に取り読んでみた。
『妖怪さんへ。いつも部屋を綺麗にしてくれてありがとう。寒くなってくるのでよかったら使ってください』
見るとテーブルに暖かそうなセーターがたたんで置かれていた。
男はしばらく立ち尽くしたあと、セーターを着てまた掃除を始めた。
林田は今でも天井裏の男とその部屋に住んでいるそうだ。
完
同居人 クロノヒョウ @kurono-hyo
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