しかし、それでも救われない

Sui

第1話

「やめて! 痛い! 痛いから! 」

「誰がお前みたいなブスの言うこと聞いてやるかよ! 」

 この河川敷はもとより人通りが少ない。加えて、ここはその河川を渡る通行橋の下。「人目につかない場所」を特集した媒体にでも掲載されそうだ。

「ほんま、なんで俺様がお前みたいなブスに告白したんやろか? ほんまに気の迷いやったわ」

 灰田はいだ英人ひでひとは一両日前、失恋を経験した。灰田はこのあたりでは珍しく、いわゆる裕福な家庭で大切に育てられた。一人息子であったことも起因してか、あまりにも甘やかされていた。幼い頃から灰田の望みはなんでも叶えられた。灰田は文字通り、自分はすべてのものを手に入れることができると考えていた。いや、していた。灰田英人の脳内に、「挫折」の二文字は存在し得なかった。

 そんな灰田の初めての挫折は失恋であった。よわい十二にして、初めての挫折。しかし灰田は、自身のを正す方法を知らない。灰田は自身のを修正するのではなく、事実を改変して自分の望みを手に入れることに、解決の糸口を見出そうとしていた。

「お願いやめて! 触らないで! 」

「お前みたいなブスが俺様に指図していいと思ってんのか? ああ? 」

 灰田の高圧的な態度は、何も今に始まったことではない。

 とある田舎、とある河川敷で、この世の誰も望まない出来事が行われていた。ただ一人、灰田を除いては。

「いた! いたぞ! 早く来い碧斗あおと! 」

 佐渡さわたり那智なちは、ようやくと寺月てらつきゆあなを見つけた。

 那智はゆあなを見つけるなり、ものすごい速度で河川敷の上から斜面を駆け出した。けして安定しているとはいえない斜面を、それでも那智はものすごい勢いで駆け降りた。そして、灰田が反応する暇も与えずに体当たりをする。灰田は数メートル、綺麗に吹っ飛んだ。

「灰田お前、何しやがる! 」

 衝撃に備える用意もしていなかった灰田は、突然の衝撃に耐えられなかった。地面に打ち付けられ、そのままうつ伏せのままになっている。

 那智は未だ動かない灰田に近き、追い討ちをかける。腹を思い切り蹴り上げる。それも一発どころではなく、何発も。

「ゆあな大丈夫か? ゆあな! ゆあな! 」

 遅れて到着した碧斗は即座にゆあなに近づいた。意識はあるようだが、しっかりとした反応を返せない。目はうつろに、表情からは生気を感じられない。下半身を脱がされたゆあなに、碧斗は自身の上着を被せた。

「おい灰田! なんとか言えよ! 」

 灰田の体は、至る所に怪我が見えた。

「なんだ……、佐渡かよ。てことは、の……、木偶の坊の碧斗ちゃんもいるわけか」

 そう言いながら、灰田は視線だけを動かして、周囲を確認した。

「てめえ、ゆあなに何をしやがった? 」

 那智はかがみ込み、灰田の髪の毛をつかみ、頭を無理やり上げて聞いた。

「何って……? そんなもん……、決まってるんじゃねぇかよ……」

 灰田は食い気味に、視線を那智に合わせて「なあ? 」とだけ言った。

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