「勝負師」~その選択が、自分の運命を決めていく~

とうま

第1話「運命の選択」


「50秒、羽山先生残り2分です。」


和室の対局室に響く記録係の声が、自分の首を絞めるように秒を読み上げる。

囲碁のタイトル戦、最終予選決勝局。

碁盤を挟んで両者の異常なまでの緊張感が対局場を支配する。

時刻は21時。両者集中力も限界の中、局面は勝負の転換点に立たされていた。


(ここで勝負に出て一気に勝負を決めるか…。妥協して息長くして勝負するか…。)


「羽山九段。残り1分です。」


羽山に最後の秒読みへと突入する。

これで羽山は、残り全てを一手1分以内に打たなければいけない。

更に緊張感が増す対局場。

選択を決断しなくてはいけない時が、もう目の前まで来ている。


(このまま息長く打ち進めていっても形勢は不明。いや僅かにこちらが有利か…、しかしそれも微差にすぎない。)


羽山の中で揺れ動く感情。

考えれば考えるほど、深みに嵌っていくのが分かるが、それでも考え続ける羽山。


「30秒、残り1分です。」


(正直、終盤戦は自信がない…。ここは勝負に行く選択をするべきだ!!)


「50秒。1,2、3、4、5,6,7,8,」


「パチンッ!!」


羽山の気合の籠った石音が鳴り響く。


(勝負だ!!)


局面は、勝負が一気に決着する乱戦へと突入するのだった。



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対局場からの帰り道、羽山は俯きながら歩いていた。


「終わったのか…」


結果は「敗北」。乱戦は敵に軍配が上がった。

最後、勝負に出たのが敗着だった。

自分が選択したギリギリの戦いは、難解ながらも羽山の勝ちルートは無かったらしい。


(また来年、1からかスタートか…)


勝負の世界は基本負けたら終了である。

タイトル戦は1年に1度しかないのだ。

もちろん他の棋戦はあるが、既に予選で負けてしまった羽山は、最終予選決勝まで勝ち上がったこの棋戦が今年最後の希望だった


「ただいま…」


「あら凌太。おかえりなさい。お腹すいてる?御飯は作ってあるからね。」


「疲れたから、もう寝るよ…。明日の朝に食べる」


家に帰ると母親がまだ起きていた。

俺はそのまま自分の部屋に向う。

母は対局結果を聞いてはこない。

それは勝っても負けても同じで、母親曰く「顔と雰囲気で大体わかる」らしい。

俺はそのまま部屋のベットにダイブする。


(終わったんだな…)


目を瞑れば悪夢の様にあの局面が、脳裏にフラッシュバックする。

次第に目から涙が溢れ出す。


(悔しい…悔しいけど…これが勝負だ。)


「負けたい」と思って戦いに臨む人なんていない。

お互いに「絶対に勝ちたい」と願い、全力を尽くす。

それでも残酷に勝者と敗者が決まってしまう。それが「勝負の世界」だ。

囲碁のルールは「最後に自分の陣地が相手より多ければ勝ち。」

単純なゲームだ。

それでもお互いに勝ちたいと望み、最善を尽くそうとすると必ず勝負が決する。


(次こそは勝つ!!絶対に…!!)


俺はこの悔しさを二度と忘れないように胸に刻みながら、深い眠りに就くのであった。

  


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次の日の朝。

俺は目覚めてリビングに行き、冷蔵庫を開けるとそこには昨日の晩御飯と母からの手紙が添えられていた。


「昨日はお疲れ様。次は勝てるようにしっかりご飯食べて力を付けなさい。あなたが頑張っていることは母が一番よく知っています。もっと強くなれるように前を向い頑張ってください。母より。」


手紙を読み終えた俺は、少し涙ぐむ。

母子家庭っで女手一つで自分を育ててくれた。自分がプロになった時は共に喜びを分かち合った。

俺はレンジでご飯を温めて、朝ご飯を食べるのだった。



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昼頃。俺は電車で片道30分の囲碁道場へと向かった。

プロになる前にお世話になっていた道場。

入段後はなかなか顔を出す機会も少なくなった。



「こんにちわー。」


「おう、凌太か。こんにちわ。」

 

俺が道場のドアを開けて挨拶をすると、そこには師匠が生徒に碁を教えていた。     


「「こんにちわー」」


続けて生徒達も俺に挨拶をする。

こういう時に俺はプロになったんだと実感する。


「そろそろお昼の時間か、よし一緒にご飯食べに行こうか。」


「わかりました。」



師匠と俺は昼飯を食いに外食する。

場所は中華料理屋


「好きなもの食べていいよ。」


「ありがとうございます。」


メニュー表の中でも、俺は悩み続ける。

これは性格なんだろうか…

自分の大好物のチャーハンにするか、それとも期間限定のメニューにするか。


(今日はチャーハンの気分ではあるけど、期間限定メニューも捨てがたいし…)


「相変わらずお前は長考派だな。」


悩み続ける俺に対して、師匠はそう語りかける。

師匠はもう決まったらしい。やはり師匠は直感型だ。

俺は少し急かされながらも、最後は結局自分の大好物のチャーハンにした。


「昨日は惜しかったな。」


ご飯が届くまでの間、師匠は俺に話しかける。

やはり師匠も昨日の碁を観ていた。

今ではネット中継される対局も多くなっている。

当然、昨日の碁も中継されていた。


「相手の棋士も今注目の若手棋士だが…。そこに何としても勝っていきたいな。」


「はい…」


「でも結構惜しかったんじゃないか?」


「まあ…、最後の選択のミスが無ければ、良い勝負出来てた気がします。」


それでも自分は間違えた、そして負けた。

勝負の世界だから、正直に現実を受け止めなくてはいけない。それは師匠も理解しているだろう。


「まあ次また修正すれば良いのさ。」


「…」


俺は少し俯く。

少し二人の間で沈黙が続く。


「絶対に間違えない人はいない。」


先生は語る。


「仮に100人のプロ棋士が『この1手が正しい』と断言しても、それはそのレベルの中では最善だっただけ。必ずミスをするものだ。ただ細かすぎるミスで、咎めるレベルまで、まだ達していないんだ。大事なのは『自分の中で最善を尽くせていたか』だ。その局面ではミスをしていたとしても、その時の自分がを尽くして打つこと。ミスした局面は後でじっくり気が済むまで検証すれば良い。」


あの時の自分は全力を尽くせていただろうか?

自分の一手を最善だと信じて打てていたのか?


「どんなに悔いても、時間は巻き戻せない。人生にやり直しは出来ない。ただ過去から学んで未来に活かすことが出来る。一時の後悔を思い悩みすぎるな。自分の弱さに絶望しても、お前に期待して、信じて支えてる人がいるだろう?その人の分も頑張るんだ。」


俺は母親を、そして目の前の師匠の事をを考える。

そうだ、自分をこれまで応援してくれて支えてくれた人がいる。

俺はそんな人の為にも、下を向いて絶望する訳にはいけない!!

俺は顔を上げる。


「大丈夫そうだな。」


師匠も安心からか、少し明るい表情でご飯が来るのを待つのだった。



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次の対局日


「いっていきまーす!!」


「いってらっしゃい」


俺は家を出る。

今日は自分にとって新年最初の手合い日だ。

対局場に早めに着いた俺は、そのまま椅子に座り、相手を待つ。


「スーハーー…。」


俺は大きく深呼吸をして、リラックスする。


(よし!!絶対に勝つ!!)


対局相手が席に着き、対局の合図が鳴る。


(よし、いくぞ!!)


俺は碁石に自分の思いを込めるように、石音高く1手目を打ったのだった。

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「勝負師」~その選択が、自分の運命を決めていく~ とうま @aoyagi5515

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