⑧捕虜の扱い



 バラザムを拘束するかどうか考えた結果、特に意味も無いかと結論付けた俺は彼を解き放つ事にした。どうせ殺しても得は無いし、代わりが来るに決まっているからだ。


 「…戻れ、だと?」

 「ああ、捕虜にして捕らえる必要もないし、そもそも決闘だってあんたの私的な理由だろ? だったら好きにすれば良い」


 剣を手渡しながらバラザムにそう伝えると、少しの間考えてから彼は腰から鞘ごと剣を外し、俺へと差し出した。


 「…抵抗しない、って意味か」

 「ああ、俺はお前に負けた。だから、ここに居る間は従うさ」


 剣を受け取りながら彼の顔を見ると、抵抗する意思の無い事を告げて両手を上に挙げた。



 バラザムの降参を受け入れた俺は、集落に滞在する賛否を問おうと住人達の顔を見てみる。


 「そうだな、別に構わないが」

 「良く見ればイイ男じゃない?」

 「ねぇねぇ、コーケンってどんな所なの?」


 特に女性陣から謎の支持もあり、バラザムの滞在は許可された。と言うよりも…話の流れから仕方ないとして、【ヨセアツメの谷】らしい対応だと思ってしまう。


 「…ねえ、最初から捕虜にするつもりだったの?」

 「…いや、本当は殺すつもりだったが…」


 そこまで答えてから、先の事を考えていなかったなぁと改めて気付く。なら、どうして生かしているのか、と聞かれれば…やはり、この集落を戦場にしたくなかった、と答えるだろう。



 「…心配ない、そいつ、かたき、違う」


 留守番していたニイに会わせるのは気が引けたが、バラザムの姿を見た彼は素っ気なく言うと、黙々と薪割りの作業を繰り返している。けれど、口調の割りに表情は固く、薪を掴む手元も何処と無く危なげに見える。


 「客をもてなすような物は何も無いが…まあ、気にせず上がってくれ」


 俺に促されてバラザムが住居の敷居を跨ぐと、室内に吊るされた沢山の毛皮に目を奪われている。大して自慢じゃないが、越冬の間に貯まった類いを仕舞う場所が無くて、オオツノジカやクマ、それにノスリやリスに至るまで、大小様々な獣の毛皮が有るが。


 「…これは、全部あんたが狩った獲物の毛皮か?」

 「いや、全てではないよ。ニイやサキが狩ったのも有る」

 「そうなのか…それでも、この量は大したもんだぞ…」


 そう言いながら、近くに有った毛皮に手を伸ばして撫でようとした瞬間、それまで黙っていたオトが突然飛び起きて、四つ足の姿勢で威嚇するように低い声で唸り始めた。


 「オト、怖がらなくてもいいよ。こいつは只の客だ」

 「…ヴヴぅ……」


 そう言われてもオトは唸りを止めず、暫く睨み続けていたが、不意に警戒する姿勢を解くと、プイと横を向いて横になってしまった。


 「オト~、そんな怖い顔しないの!」


 サキがそう言いながら彼の横に座り、頭をわしゃわしゃと撫で擦ると、仕方ないと言いたげに頭を彼女の膝に預け、直ぐに大人しくなった。


 「獣人と暮らしているのか?」

 「ああ、条件付きでここに住まわせて貰っているんでね」

 「…条件付き?」

 「彼等の面倒を見る代わり、この家をタダで貸して貰ってるのさ」


 バラザムにそう答えると、ふむ…と言ってオトの背中を眺めながら、


 「…獣人達は、我々の国内では多くの者が追い立てられ、居住地に押し込められた。中には抵抗し、命を落とした者も居た…彼等が違うかどうかは判らないが…」


 そう言って、焚き火へと視線を移した。



 「…【這い寄りし影】…?」

 「ああ、この周辺の限られた地域に出没する化け物をそう呼ぶ者が居る。知らないか?」

 「聞いた事も、見た事も無いな…」


 その日の夜、思い付いてバラザムに聞いてみると、彼は心当たりもないと言う。つまり、連中はまだ文明圏に出没はしていないようだ。


 「そいつらは、見境無く生き物に襲いかかり、食らっては自分の姿を変えたり、取り込んだりするようだ。まあ、知らないなら仕方ないが…」

 「…もし、人間の姿を模した時はどうやって見分けるんだ?」


 逆にバラザムに尋ねられ、そこまで詳しくないからなとポンコに助言を求めると、


 「そうですねぇ…私達も、連中が人間に化けたって話は知りませんし…でもきっと、人の姿に化けたとしても、直ぐに判ると思いますよ?」


 そう言って、ポンコは焚き火の傍に刺しておいた串焼きの1本を掴むと、わしりと一口取ってもぐもくと噛み終えてから、


 「…だって、今まで見たのはやたら大きかったり、元の姿からかけ離れてたりしてましたからねぇ~」


 そう言って串焼きの肉を食べ終えると、串の先で毛皮の一枚を指した。


 「きっと、一番最初に食べた生き物の姿に化けて、それから他にもっと良さそうな生き物に化けるんじゃないですか~? だから、人間に化けても、次に出会う生き物はやっぱり人間でしょうし…そうなったら、直ぐに判ると思いますよ?」


 ポンコはそう締めくくると、串を焚き火の中に投げ込んだ。



 結局、バラザムは2日程集落に滞在した。一度集落の女性陣に捕まり、随分と引き回されたりもしたが、おおむね面倒な事も起こさず、解放する日を迎えた。


 「…戻ったら、どう報告するつもりだ?」

 「そうだな…租税の件に関しては変更はないだろう。但し、それを何時実行するかは即答出来ないが」

 「値引きして貰えるなら、前向きに検討するかもしれんぞ? 集落の住人は揉め事は嫌だろうからな」

 「…そうだな、それも悪くない提案だ」


 コーケン国に戻る日の朝、バラザムに剣を返しながらそんな話をする。


 「…国王殺しの下手人は、森の奥に逃げたと報告する。わざわざ討伐隊を束ねて探し回る事は無いだろう…」

 「…そうか。なら、下手人はきっと森の奥で、クマに食われて死んでしまっているさ」


 そう言い交わすと、バラザムは一瞬だけ険しい表情になり、


 「…お前の中に、クマに似た何かが居た。但し、剣を預けてからは一度も見えなかった」


 そう告げると馬の背に跨がり、手綱を引いて振り返る事も無く、集落から離れていった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る