⑤文明の国
「うぅ~!! 寒いぃ…」
夜明けを迎えた俺は、火の消えかけた焚き火に新しい薪を入れた。
流石に雪洞と焚き火の組み合わせと言えど、間違いなく冬の山で野宿すれば寒いに決まっている。軽装だと言っても、毛皮の敷物や掛け具がなかったら凍死するだろう。因みに雪の上で焚き火をするには、腕と同じ太さの木をスノコ状に並べて、その上で焚き火を燃やせば消えなくて快適だ。
「んんぅ…ああ、もう朝ですかぁ」
「おはよぉございますぅ~!」
雪洞が暖められたからか、サキとポンコが目を覚ました。別に用事がある訳じゃないから、まだ寝ていてもいいんだが。
モゾモゾと毛皮にくるまりながら動き、サキとポンコは隙間から身体を出して焚き火に当たる。同じような毛皮にくるまる2人はまるで獣人のように見えるが、今のポンコは尻尾も耳も出していない。
「ううぅ~、寒いから温かいモノが食べたいですぅ~!!」
ポンコがそう言いながら俺の手元を覗き込み、保存用の塩漬けシカ肉と木の実粉ビスケットを見つけ、
「…そ、そのまま食べられるモノばかりですねぇ…」
そう言うと、見るからにガッカリした様子で俯いてしまう。判った判った、これに多少手を加えてやるよ…。
木の実粉のビスケットは、カラスムギに似たような大粒の穀物と、シイの実等の木の実を砕いて混ぜ、そこから更に細かく粉にして捏ねて焼き上げたものだ。多少ぼそぼそするが、まあ食べられなくはない。あくまで保存食だが、ポンコの反応を見れば、味は判るってもんだ。
だから、そのまま食べるよりお粥状にした方が温かく食べられるだろう。そう思い、土器に雪を入れて溶かし、砕いたビスケットを入れて煮込んであげた。
「うん、これならいけますね! あー、温まるぅ!!」
木のスプーンで啜りながら、ポンコは嬉しそうだ。その代わり、塩漬けシカ肉の方は下手に焼くと塩辛くなるから、そのまま齧った方がマシなんだが…これは仕方ない。
「…ポンコ、脂身が付いてるよ?」
「ん~? ありゃスミマセン!」
そんなやり取りをする2人を眺めながら、俺は雪を土器に入れてもう少し水を作り、その水で食べ終えた食器を洗った。
夜営の後片付けを終え、一晩泊まった雪洞を後にした俺達は、再びコーケン国へと向かった。
勿論、自分達がどのような立場なのか理解はしていたが、それでも長居するべきではないと、道行く人々との服装の違いから身につまされる。人が増えるに従い、格差って奴が目に見えて現れていき、畑を耕す農夫達ですか…おいおい、畑を耕すだって? 農耕社会が間近にあるのか…一体どうなってるんだ。
「…ヒゲさん、これがもしかして春のイベントの前触れって事なの?」
サキがポンコの手を引きながら、不安げに呟く。
「ああ…どうやらそうらしいな。って事は、コーケン国の侵攻を何とかするのが、俺達の使命なのかもな」
俺はそう答えながら、農耕が行われている平野を抜けてコーケン国の中心部へと進んでいった。
辿り着いたコーケン国の中心部は、小さな集落を見慣れた俺には巨大だった。延々と軒を連ねる建物に、様々な服装の人々。そして露店商達が声を張り上げて呼び込みし、買い物客に品々を…売っていた。驚く事に、貨幣制度まで有るようだ。
「ねえ、ヒゲさん! みんなが持っているピカピカする板はなに?」
「…あれはおカネって言って、そうだな…例えば、魚1匹と木の実を幾つかで交換出来るとして、その木の実を魚の代わりに毛皮や肉と交換するだろ?」
「うん、木の実ならたくさん要るね」
「そう、そんな木の実をたくさん持って歩くと不便だから、腐らなくて持ち運び易い他のモノを木の実の代わりとして渡すんだ。その代わり、そうしたおカネは誰でも好き勝手に作れない。勝手に作ってばら撒いたら、偽物が混ざっていても判らないからな」
かいつまんでポンコにそう説明すると、判ったのか判らないのか…曖昧に頷いて話を切り上げてしまった。
「…ヒゲさんって、先生みたいねぇ…」
「いや、君が感心してどうするんだ?」
貨幣制度にどっぷり浸かっている筈のサキに言われて、やや呆れながら振り向くと、後ろから騎馬がこちらに向かって走って来る。捲き込まれても仕方ないので2人の手を引いて路肩に避けると、10騎程の騎馬は俺達に気付かずそのまま脇を走り去っていった。
「…あいつらを尾行したら、何か判るかもしれんな。ちょっと追ってみるか」
俺はサキにポンコと待つように言いつけ、人々を避けながら騎馬の後を追った。直ぐに追い付くと騎馬は通りから大きな屋敷が立ち並ぶ界隈を抜け、大きな塀で囲まれた屋敷の中へと入っていった。真っ直ぐ追って行くのも怪しまれると思い、塀の脇に立つ木をよじ登り、飛び越して塀の向こう側へと侵入した。
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