⑫【這い寄りし影】
クマに先導されながら光に向かって進んで行くと、以前来た時と同じように少しずつ登り坂へと変わっていった。
「…ところで、戦うなと忠告してくれたが…そんなに湧いてる奴等が強いのか?」
俺が先を歩くクマに話し掛けると、前を向いたまま答えが返ってくる
「…見れば判る、と言いたいが…俺は一人で相手しようとは思わない。お前は素手でどんな獣とでも戦うつもりは有るか」
「いや、それは無理だ…素手じゃシカだって簡単に殺せやしないからな」
「賢い判断だ。どちらにせよ、一度でもあの場所の光景を見れば、進んで討伐する覚悟は揺らぐだろう」
そう言って洞窟の出口を指差した後、クマは振り返って呟いた。
「…ここから先は、何も話してならん。声を聞き取られれば居場所が判るからな」
洞窟の出口に着いた俺達は、そこから這って岩棚の上を進む事になった。慎重なのは判るが、随分と念入りなんだな…。
暫く進んだ先で、頭を低くしろ、とクマが手を下げて身振りで示し、直ぐ先の岩棚まで行くよう促した。
俺が先頭になり進んで行くと、地面から細かな振動が伝わってくる…例えるなら、電車がホームに進入してくる時と同じ、だろうか。
そして、岩棚の向こう側を覗き込める位置に着いた俺が、下の光景を目にした瞬間…今まで聞いていた【這い寄りし影】に対するイメージが、音も立てず消えていった。
…大きな窪地、とでも呼べるそこは、元は平らな空間だったんだろう。しかし、余りにも巨大な存在が長きに渡って這いずり回った結果、円形に窪んで傾斜が付いたに違いない。
その広大な窪地の中心に、真っ黒い塊が伸び縮みしながら蠢いていた。いや、そう見えただけで実際は複数の何かが集合離散を繰り返し、絡み合いながら動き回っていたからだろう。
その塊は、様々な生き物の身体を真似て羽根を生やしたり、手足を伸ばして何かを掴もうと動き続けている。そうして夥しい数の寄せ集めの中から、意思を持って外縁部まで行こうと群れから逃れるモノも居るが、背後から同類の触腕がずるずると伸びて捕え、引きずり戻してしまうのだ。
…そんな気味の悪い粘着物のような行動を眺めていたが、不意に見ているモノと景色の縮尺に途方もないズレを感じ、外縁部の広さを見回してみると…いや、向こう側どころか左右の先も霞みに紛れて良く見えないじゃないか!?
そんな景色に
「…圧倒的だったなぁ…」
ポツリと俺が呟くと、サキが明るく振る舞おうと表情を和らげながら、
「…でもさ! こっちだってプレイヤーとか沢山居るし…何とかなるんじゃない? いざとなったら、運営に知らせれば対策してくれると思うし!」
そう言って笑いかけてくれる。まあ、そうだな…でも、何なんだ…この妙な不安感は。上手く言葉に出来ないが、良くない事が起きる気がして仕方ない。
それから集落に戻るとクマとワレメはいずれまた来ると言うと、ポンコを残して集落を後にした。
何だか宴の後みたいな寂しさを感じながら、俺はサキ達と再び越冬の平凡な日々を過ごした。何も無い毎日だったが、何処かから監視されているような不安感を覚え、理由を作っては一人で集落の周りを見て回ったり、新しい武器を作ったりと、自分なりに準備や警戒する事も多かった。だが、何事も起きなかった。
それが、逆に不安を増長させていく。勿論、サキ達にそんな思いを話す事は無かった。たかがゲームの話だし、気分の問題だと自分に言い聞かせていた。
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