⑨焚き火を眺めながら



 ニイとオトの身体の違いは、背丈だけじゃない。ニイは耳の先が黒いがオトの方は白い。ニイは殆ど人間の顔立ちだが、オトは尖った口先と黒い鼻がイヌそのものである。兄弟でこれだけ見た目に違いが出る事は稀だが、まあ有る事らしい。


 オトは一言も喋れない。言葉が通じないのではなく、彼が言葉を理解出来ないからだ。それに前にも言ったが、口と喉の形が発声に適していないらしく、声を出しても吠えるか叫ぶだけだ。


 しかし、兄弟は仲が良い。面倒見の良い兄と、甘えん坊な弟。大抵の状況でその関係性は変わらないが、獣を狩りに森へ入った時は別だった。




 ヤマドリを3羽捕えたオトだったが、俺達が雪ソリを引く間、その前を歩いていると不意に何かの気配を察したのか、ピンと耳を立てて立ち止まり、


 「…ぶふっ!!」


 目付きを鋭くさせながら威嚇するように吠え、いきなり走り出した。走り始めは腕を振りながら2本脚だったが次第に姿勢を低くし、腕が地面に触れた瞬間から四つ足になりながら雪原を駆け抜け、やがて小高い丘の向こう側へと消えていった。


 「追わなくていいのか?」

 「…だいじょぶ、すぐ、もどる」


 立ち止まってニイに尋ねると、いつもの事だと言わんばかりに呟き、再び雪ソリを押し始めたので、そんなもんかと思いながら俺もソリを引っ張って移動を再開した。




 「…あ、帰ってきた!」


 暫く経って、サキが気付くとオトは出掛けた時と変わらぬ速さで駆け戻り、得意気に微笑みながらウサギを突き出してきた。


 「…あぅ!」

 「おー、かなりデカいじゃないか。それにしても素手でウサギ獲れるなんて、オトは足が速いんだなぁ」


 そう言いながらウサギを受け取ると、まだ身体に温かみの残っていた身体は柔らかく、まだ生きているように思えたが、オトが噛み付いた跡が首筋にはっきりと残っていた。


 「…偉いな、オト。でも今日はもう良いぞ?」


 ウサギをソリに載せ、そう言いながら彼の頭を撫でてやると、耳をぺたんと倒し目を細めて嬉しそうに笑った後、自分の仕事は終わったんだと理解したのか、雪ソリの上に飛び乗ると丸まって眠り始めた。


 「…狩りの時はいつもこうなのか?」


 ソリを引きながらニイに尋ねると、彼は前を向いたまま間を置かず、


 「いつも、おなじ。はしって、獲る」


 そうポツリと答え、ちらっとオトの寝顔を見てから更に付け加えた。


 「…俺より、じょうず」





 ある程度まで解体しておいたオオツノジカ、そしてまだ羽根が付いたままのヤマドリとウサギを、集落の解体場までソリで運び込む。


 「うーんせ、っと!!」

 「…んふっ?」


 サキがシカの脚を持ち上げた時、オトが気付いて目を覚ます。そのままサキが解体場に組まれた作業台の上まで脚を運ぶと、毛皮職人の夫婦がやって来て手伝い始めた。


 …とは言え、只の善意だけで手伝っている訳じゃない。彼等は分け前が欲しくてやっているだけだが、それはお互いに了承済み。いちいち幾らで請け負うとか、そんな野暮な交渉なんてしない。


 「ふーん、上手に放血してるねぇ。あんたの相方は一人前の立派な狩人だね!」

 「…えっ!? あ、あはは…そうですねぇ!」


 …毛皮職人の旦那にそう言われ、サキは何故か赤くなった。只のお愛想にいちいち反応してどーするんだか…。



 毛皮と肉、そして骨と角に解体されたオオツノジカは、内臓肉を分ける代わりに加工してくれる算段で話がつき、俺達は夕食の分の肉を手に入れて家に帰った。残りは集落の貯蔵庫に塩漬けで保存され、それ以外は違う蔵に保管される。それにしても大量の塩はどこから手に入れているのか判らんが、まあ…きっと交易で手に入るんだろう。



 「…あっ、おかえりなさーい!」

 「ただいま。今日はシカ肉とヤマドリ、それとウサギが獲れたぞ」

 「うわっ! そんなに獲れたんですか! 今夜は肉祭りですっ!!」


 借りていた雪ソリを返してから家に帰ると、留守番していたポンコがやって来る。彼女に各々の肉を手渡すと、嬉しそうにそう言いながら受け取って調理し始める。


 「そーですねぇ、シカさんはちょと固いから煮込みますか…で、トリさんは焼きましょう! ウサギさんは…骨ごとトントンしてシカさんと一緒に煮ます!」

 「そーかい、じゃあ任せるよ」

 「はーい!! あ、あとお願いしたいんですが、お外に干してある葉っぱを持ってきてください!」


 料理を始めたポンコに頼まれ、俺は外に出て軒下に吊り下げてある香草を取って室内に戻る。ポンコは狩りに出て留守にしている間、集落の周りで採れる香草を集めて干して保存していた。今まではポンコツ扱いしていた彼女だが、こうして一緒に暮らすと意外な一面が数多く垣間見られて驚かされる。


 「…えいっ! えいっ!」


 丸い切り株をまな板代わりにしつつ、ポンコは石包丁でウサギを叩いて骨ごと挽き肉にし、塩と香草を混ぜてから煮込み鍋の中に入れた。くらくらと沸き立つ鍋の中で、シカ肉とウサギのつみれが次第に茹で上がり、ぷかぷかと油膜が張る表面に浮かび始めた。




 しっかり者のニイ、狩りに出ると野生を取り戻すオト。いつもマイペースだが何かと気回しの利くポンコ。各々が個性的なNPCだが、俺は時々ふと思う。


 …彼等は現実の肉体を持たない、擬似的な生命体だ。でも、もしも…俺が何かの事故に巻き込まれて現実の肉体を失ったまま、精神だけゲームの世界に取り残されたら…その区別や境界線は自覚出来るのか、と。


 一緒にゲームの世界を体感しているサキは、俺と同じプレイヤーだが…彼女と俺、そしてNPCの彼等の違いは、何なんだろうか。


 「…へぇ~、ウサギって骨ごと食べられるの!?」

 「ふふん! それはポンコがていねいにていねいにトントンしたからですっ!!」


 …まあ、そんな事はさておき、ウサギもシカもヤマドリも、実に旨いんだがね。





 


 

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