⑧ニイとオト



 毛皮の服ってのは、表地と裏地は違う毛皮を縫い付けて作られている。表地には毛足が長く太い獣の皮を、裏地には短くて細く密集した皮を使い、保温性と防水性を兼ね備えた造りになっている。まあ、自然界に生きる獣の毛皮だから、当然と言える機能なんだが、それを毛の生えていない人間が着るってのは、何とも皮肉な話だ。



 「ニイっ!! そっちから追い立ててくれ!」


 立派な角を持ったオスのオオツノジカが、ニイの気配を察して猛然と走り出す。もし反転しニイに向かって行ったら、流石に割って入らないと小柄な彼には荷が重いだろう。


 しかし、どうやっているのか判らないが、ニイはオオツノジカを上手く牽制し、先回りするように走り続けていく。


 カンッ、カンッ、と木を打つ乾いた音がニイの居る辺りから鳴り響き、その音を嫌がるようにオオツノジカが木立の中から雪を蹴り飛ばして平野に出た。


 その瞬間、梢の茂みの中から放たれた矢が、猛烈な速度で真っ直ぐオオツノジカの胸元に吸い込まれていく。


 「…ブゥオォーッ!?」


 トスッ、と軽い音を立てながら矢じりが深々と突き刺さったシカは、鼻から盛大に白い息を吐いて前肢を跳ね上げ、更に逃げようと全身に力を籠めたのだが、追い打ちの矢を頭の付け根に受けて雪の上に倒れた。


 「…サキ、弓矢、うまい」


 逸早く駆け付けたニイが骨のナイフを握り締め、そう呟きながらシカの脇腹に押し当てて体重を掛けて突き刺す。中空になっている骨のナイフからドクドクと鮮血が溢れ出て、シカの身体から命の脈動が消えていった。



 「…それにしても、この矢じりって何の獣から作られたんだろ? 」


 放血を終えたシカの解体を始めた俺とニイの元に、背丈より長い弓を抱えながらサキが近付いて来る。そして、そう呟きながらシカの身体から矢を引き抜き、先端に結わえ付けられた矢じりを見る。


 長さは10センチ位だが、鈍い銀色で鋭く磨かれた縁はノコギリのようにギザギザで、十分な重さと相まって簡単に肉を切り裂いて突き刺さるだろう。


 …まあ、ゲームの中で細かい事を気にして仕方ないんだが、それにしても素材の元は何なのか。


 「…さあ、何だろうな。もしまた会えたら聞いてみよう」

 「そうだね。シカ、もう運べちゃいそう?」

 「…サキ、手伝うなら、頭持って」

 「いひっ!?」


 そう言ってニイが角を持って切り落とした頭をサキに差し出すと、だらんと舌を垂らしたシカと目が合い、サキは表情を強張らせる。


 「急にこっち向けないでよ…怖いじゃん」

 「サキ、怖がり。シカ、死んでる、ニク」

 「もぉーっ!! そうなんだけどぉ!!」


 渋々頭を渡されたサキは、角を掴んで仕方なさそうにぶら下げる。


 「でも、サキ、のーみそ、食べる」

 「だーかーらーっ!!」


 …前にシカの脳を知らずに食べて、それが何か教えられた彼女は二度と食べない! と大騒ぎしたが…結果はご覧の通りだ。因みにタラの白子とウシのハチノスを足して割った食感だったな。


 「…ヒゲ、オト、かえてきた」

 「ん? …早いなぁ、相変わらず…」


 手早く皮を剥ぎ取っていたニイが、耳を立てて周りを見回してから俺に教えてくれる。オトだけで単独行動していた…まあ、独りで狩りに出掛けたんだが、問題はその狩猟方法なんだよな。



 「ぅお"お"ぉおぉーーーっっ!!!!」


 雄叫びと共にバキバキッ、と木々の枝を折ってオトが飛び出す。勿論、簡単に登れないような高さから軽々と、だが。


 …オトが、どうして高い所から飛び降りたのかって? その答えは実に簡単なんだよ。


 「がふっ!! ふうぅっ!!」


 飛んでいた鳥を獲る為に、なんだろう。どうしてか、なんて知らない。たぶん獲れそうな高さを飛んでいたから、獲りたかったんだろう。


 全身をバネのように反らしながら跳躍し、雪の煙を尾のように靡かせつつ俺達の前に着地した。ニイよりも小柄なオトの両手には、ヤマドリのような尾羽根の長い鳥を1羽づつ、そして長い犬歯が伸びたアゴで、もう1羽咥えていた。


 「…ばうっ!!」


 ハッハッハッ、と舌を垂らしながら咥えていた1羽を離し、オトが俺達に向かって鳥を差し出す。


 「凄いな…3羽も獲ったのか?」

 「ばぅわうっ!!」


 言葉にならない唸り声でオトが返答し、褒められて嬉しいのか、尻尾を振りながら目を細めている。見た目は可愛らしいんだが…一皮剥けば野性的なんだよな、オトって。



 俺達は途中まで引き摺って来ていた雪ソリまで引き返し、シカの解体場所まで引っ張って載せた。当然だが軽々とはいかないんで、かなりキツい重労働だ…。


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