⑥拠点を作って毛皮を剥いで



 こうしてイノシシの毛皮と肉を手に入れて1日目が終わったが、幾ら原始人ライフを満喫するにしても草原で大の字になって寝る訳にはいかない。せめて小屋とまでは言わないが、寝る場所も欲しい。


 幸い、川原から少し歩けば木がまばらに生えた林も近いし、そこに今夜の寝る場所を作ろう。


 …先ず、細い木を伐り倒して4本集め、余計な枝を落とす。それから【ツタの紐】で端を交差して束ね、V字型に固定して地面に刺す。根元も短く伐った枝を刺してツタでしっかりと縛り、動かなくしたらもう1本の木を渡して屋根柱にして…後は葉の付いた枝をバサバサ載せたら完成だな。


 まあ、見た目はともかく、典型的な横穴式住居だ。人一人横になれる程度の狭さだが、夜露や雨で濡れるよりはマシだろう。寝床にも枯れ葉をしっかり敷き詰めれば寝心地も悪くない。寝返りするとガサガサうるさいが、冷たくて固い地面に直で寝るよりは絶対良い。


 こうして自分一人で何でも作り、食べ物を確保して原始人は生きていたのか…でも、このゲームは多人数同時参加型なんだよな。チュートリアルはそろそろ終わる筈だが、そうしたら他のプレイヤー…じゃなくて原始人とも遭遇するんだろうか。


 ごろんと寝床に寝転びながら、俺は他の原始人について考えてみる。


 典型的なバトル系ゲームと違い、原始人の生活を体験出来る一風変わった内容だが、多人数同時参加型をうたっている。つまり、ただイノシシを狩って食うだけじゃないって訳だ。


 今はまだゲーム開始から間もないが、時間が過ぎれば次第に季節も変わるらしい。と言う事は冬になれば状況も一変するだろう。もしかしたら越冬自体がイベントとして重要になるかもしれない。いや、季節だけじゃない。他の原始人に遭遇して相手が友好的ならいいが、プレイヤー・キラー的な行為が容認されているなら対人戦もあるか。


 …待てよ、生き物はどうなんだろう。ベータ版ではイノシシだけだったが、それより更に強い動物が居ないとも限らない。森が有って自然が豊かな環境なら、クマやそれ以外の大型哺乳類だって居る筈だ。


 と、そう思った瞬間、ねぐらの外からカサカサと草を踏み締める音が鳴り、驚いた拍子に心臓が高鳴る。夜に動き回る夜行性の動物…か?


 取り込んでおいた【黒曜石の槍】を掴んで顔を覗かせると、夕闇の中にうっすらと光を反射させる一対の眼が光ったが、俺の動きに驚いたのかサッと姿をくらませた。ザッザッと規則的に駆けていく速さと動きから、鹿か何かだったんだろう。


 …鹿で良かったが、クマだったら今の俺は勝てたのか? 果たして俺一人で、クマを相手に戦えるのだろうか。


 ああ、つまりそう言う事かと納得する。自然界の中で原始人として生きるとはいえ、結局、人間は人間でしかない。独りで獰猛な哺乳類に怯えて生きるより、集団を作り結束し、協力しながら大自然に立ち向かう他に有効な手段は無いだろう。


 多人数同時参加型ってジャンルは、有る意味必然なのかもな。



 俺はねぐらの外に出て、消えかけていた焚き火に薪をくべ、炎が増す様子を眺めながら先の事を考える。


 毛皮を手に入れ、裸の身体を包む服を作る。快適な暮らしを実現する為、木を伐ってねぐらを作り、土器を焼いて家財を増やす。その先で他の原始人に出会えば、物々交換で何か手に入れられるかもしれないし、悪ければ戦いになるかもしれない。


 どうなるにせよ、敵より味方が多い方がいいな。それならもっと多くイノシシや他の獣を狩り、毛皮や肉を確保して…


 そんな事をうつらうつらと考えている内に、俺は眠気に抗えず目蓋を閉じた。




 …朝か。


 ゲームの中だからきっと、一瞬で時間が経過したのかもしれないが、とにかく朝になったんだ。


 そう思いながらねぐらを出て、川原に向かうと顔を洗ってみる。ベータ版ではステータスが表示されたが、今は何も出てこない。キャラ制作時に悩んだ末、結局リアルの自分の顔を取り込んで終了してしまったお陰で、見慣れたいつもの顔なんだが、原始人らしくヒゲ面だ。


 まだ寒さとは無縁な季節なので、そのまま川に入って水浴びをしてみると、冷たい川の水が毛皮の腰巻きから直に股間を刺激して、思わず声が漏れそうになった…あ、濡れた身体を拭く物無いぞ? まあ、いいか。


 ポタポタと身体から水を滴らせたまま川から上がり、一先ず火を起こす。昨日は結構な時間を要したけれど、1日位で急に上手に出来る訳もなく…やれやれ、朝から面倒くさい。ライターが欲しくなるぞ?


 やっと木屑に火が点いて、小枝から煙が昇り始めると、遠くの森の向こうにも細い煙の筋が上がる。どうやら他の原始人がそこに暮らしているようだ。しかし、まだお互いに原始生活が磐石になっていない今は、無理して挨拶に行くべきじゃないだろうな。


 焚き火の炎が強くなり始めたので、昨日捕ったイノシシの肉を埋めておいた場所から取り出し、包んでおいた葉っぱごと更に葉っぱで包み、焚き火の中に押し込む。昨日は直火焼きだったが、今朝は蒸し焼きにしてみよう。


 予め川の水で濡らしておいた葉っぱから、次第に青い煙とは違う白い蒸気が出始める。そのうちシューシューと立ち上る蒸気から、肉の程好い香りが現れ、途端にクルルと腹が鳴った。


 焦げた葉っぱをむしり取り、その下で蒸されてしっとりと張り付いた葉を取り除くと、ほわっと葉っぱの香りが湯気と共に鼻をくすぐる。匂いに後押しされて肉に触れると指先を火傷しそうになり、慌てて【黒曜石のナイフ】と木の枝を使い食べ易く切り落とす。


 フーフー、と口で吹きながら熱々の蒸し肉に齧り付く。まあ、相変わらず塩気も何も無いが、生より断然旨い。鮮度に拘(こだわ)って何でも生で食えば旨いと思う連中も居るが、加熱した方がタンパク質も旨味成分に変わる食べ物の方が多いって知ってるんだろうか? 原始人だってわざわざ火を起こしてまで、肉を焼いたりして食った理由は、その方が旨かったからだろう。



 焼きブタならぬ焼きイノシシの次は蒸しイノシシ、と肉好きには堪らない朝食を終えた俺は、今日もイノシシ狩りに出発する。別に鳥でも鹿でも構わないんだが、チュートリアルを脱していない現状を考えたら、どうせイノシシ位しか遭遇出来ない気がする。


 そう考えながら川原から森に入り、エサになりそうな木の実が落ちている周辺を探して歩くと、昨日仕留めた奴より大きなイノシシを見つけた。牙も大きく背中が張り、お腹もでっぷりと垂れている。きっと老成したオスなんだろうが、そうなると肉は固くて旨くないかもしれない。じゃあ見逃すかと思ったその時、向こうが俺に気付き、フゴッと鼻息を鳴らしながら地面を足で掻いて威嚇してくた。


 …あーそうかい、オスらしく1対1で戦おうってか? じゃあ付き合ってやるよ!


 そう腹を括って【黒曜石の槍】を構えると、大イノシシはババッと落ち葉を蹴散らしながら一気に距離を詰めて来る。そのまま待っていれば奴の牙がぶち当たり、間違いなく致命傷だ。


 しかし、俺もバカじゃない。イノシシがどういう生き物なのか、今は習得済みなんだよ。


 突進してきたイノシシを前に、俺は予め目星を付けておいた木にしがみつき、腕を伸ばして枝を掴みそのままよじ登った。勿論両手を動かせるよう、【黒曜石の槍】は担げるように紐を付けておいたんだが。


 そうやってほんの僅かだが高い所に避難した俺の下で、イノシシはブコブコと不満げに鼻を鳴らしながら右往左往し始める。


 …そうさ、イノシシって生き物は高低差が比較的少ない平地に生息する哺乳類で、高い木の上や不安定な足場に登れる訳じゃない。つまり、ちょっとでも高い場所に登れば安全って訳だ。


 だから、こうやって木の上に登ってしまえば、イノシシは何も出来ない。どれだけ身体が大きくて立派なオスでも、自分の鼻先より高い場所に登っちまえば手も足も出ない。


 …じゃあ、次は俺のターンって所だな。今まで俺より強い相手に会ってこなかったのは、只の偶然だったって思い知らせてやるよ。


 ブゴブゴッと鼻息を荒くしながら威嚇を繰り返すイノシシに、俺は身体を捻り木の上から【石の手斧】を振り下ろす。不安定な姿勢で叩き込んだので、イノシシの眉間を狙ったつもりが相手の側頭部に逸れてしまう。割れた石の先端が固い頭蓋骨に当たり、激しい衝撃と共に手を離しそうになる程の衝撃が伝わるが、フギッ! とイノシシが怯む。


 しっかりと手斧を握り直し、狙いを定めながら三回眉間を狙って振り下ろすと、脳震盪を起こしたのか相手の身体がフラフラと頼り無く揺れ始めた。


 こうなってしまえば、どれだけ巨体だろうと、もう何も怖くない。木から飛び降りてしっかりと狙いを定め、思い切り振りかぶって

手斧を振り下ろすと、イノシシは鼻と口から血を流しながら、どうと身を横たわらせた。




 …うーん、前回の獲物はこうして見比べてみると小物だったのかもな。今眺めている相手は軽く百キロを超えていそうな大物だし、唇の先から突き出した牙もクルリと弧を描く程の長さで、中々の面構えだ。


 しかし、さっきまでは『ここは俺の縄張りだからさっさと出ていけ!』と勇猛果敢な奴だったが、頭を割られて四肢を痙攣させる姿を見せつけられると、生きる事の大変さが身に染みて判る。まあ、そうは言っても獲物である事に変わりは無いし、肉と皮を得る為には仕方ない。


 俺は皮をさっさと剥いで解体し、肉は切り分けて葉っぱに包んで埋めておく事に決めた。皮に付いたダニに関しては剥いでそのまま着込まない限り、心配は要らないようだが、保存も兼ねて川の中に沈めておこう。


 その後、もう1頭のイノシシも追加して狩り、1日で必要な量の毛皮を手に入れた。後は【ツタの紐】と、叩いて割って滑らかな石で先を研いで作った【骨の針】で荒く縫って、【毛皮の服】と【毛皮のブーツ】まで作るとするか。




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