③リベンジ・ザ・イノシシ
今の最強の敵、イノシシは森の王者である。
いや、たぶん最下層のモブだとは思うぞ? だってすげー簡単に出会うからな。でも、逆に簡単に出会えるだけに油断は禁物だろう。だって強いんだもん。突進されれば骨折、牙が刺されば致命傷…毛皮は厚くて【いしのておの】じゃ歯が立たないし、おまけに走れば文字通りの猪突猛進! 案外速いぞイノシシってね!
しかし、いつまでもイノシシ相手に負けっ放しじゃつまらん。絶対に勝つ方法を探さないと…。先ずはあの分厚い毛皮を何とかしたい。【いしのておの】が力不足なのは良く判ってる。なら、他に何か手に入れて…
そう思いながら岩場を歩き回っていると、見慣れた石の中に、変わった色のツヤツヤした石を見つけた。拾ってみると飴みたいな光沢があって、うっすら透き通っている気がする。もしかしたら、これって…?
思い付いた瞬間、岩に向かって投げ付けようとしたが、いや待て…前もこうやっていきなり叩き付けて、破片で死んだよな。
同じ過ちは繰り返せないと考え直し、大きな岩の陰から離れた所に投げ付けてた瞬間、いつもの石と違い、パシンッと甲高い音と共に砕け散った。
恐る恐る近づき、手に持ってみる。へ~、これは【こくようせきのかけら】って訳か。有る意味レアアイテムみたいなもんだな。そういや、原始人っていったら黒曜石を矢じりや槍の穂先に…いや、待てよ?
新しく手に入れた【こくようせきのかけら】から閃いた俺は、森の中で丈夫そうで真っ直ぐな若い木を探し、【いしのておの】で伐り倒す。【ながいきのぼう】の先を割り、【こくようせきのかけら】を挟んで【ツル】でグルグル巻きにして…。
…待たせたな、イノシシ。お前とこうやって1対1になるのは、久し振りだな。
森の中で出会う度、俺は毎回気配を殺してお前から逃げ回ってきた。でもよ? そんな立場も今日限りだ。
そんな心中を察する訳もなく、少し離れた木の下で、イノシシはブキブキ言いながら足元をほじくり回し、【ヤマイモ】掘りに夢中だ。まあ、そんな余裕もいつまで続くと思うなよ…?
結構な時間を費やして奴を観察してきた。匂いでバレないよう、身体に泥を塗り頭に枝を差して姿を隠しながら、こっそりとな。そうして得た情報では、こいつは必ずお食事の後は川原で泥浴びする。変な所でリアリティーを追及するクソゲーらしいが、お陰で奴が隙を見せるタイミングが判るようになった。
…と、イノシシはお食事後のお馴染みでポタポタとクソをして、それからトコトコと川に向かって移動していく。よしよし…予定通りだ。
クソを踏まないように足元に気を配りつつ、奴を尾行すると…お決まりの獣道を通って川に出た。そして土が剥き出しになっている川原に近付くと、鼻先でフゴフゴ言いながら穴を掘り、川の水を引き込むと器用に足を使い、泥風呂を作って転がり始めた。
…まだだ、まだ…奴はまだ、警戒したまんまだ。耳をピンと立て、鳥の鳴き声や木々を渡る風がそよぐ度に首を振り、周りを見回して落ち着きが無い。今、慌てて飛び掛かってもイノシシは逃げ出すか、猛烈な勢いで突進してくるだろう。
あー、腹減った…そーいや、最後に食ったのは半日前の木の実だけか。ずーっと木の実や果物と水だけで、肉なんて一度も食ってない。無駄な所がリアルなこのゲーム、食い物の味の再現はやたら凝っていて、木の実も渋皮を剥かないと口の中がイガイガして凄いんだよ…あ、もしかしたら茹でれば旨くなるのかな。
とか妄想しているうちに、イノシシは横たわったまま、ブヒーブヒーと寝息を立て始めた。くそっ、余裕綽々じゃねーか。でも、そんな余裕も今のうちだ。せいぜい最後の眠りって奴を楽しんでおきたまえ…。
…そろり、そろりと忍び足で、ゆっくりと近付く。出来る限り、足音を立てないように、慎重に…。
よし、今だ!!
グッ、と握り締めた【こくようせきのやり】を力一杯突き出して、横たわっていたイノシシの脇腹目掛けて刺し貫く!!
ブキイイイィッ!? と雄叫びと共にイノシシが立ち上がり、勢い良く身体を捻ったせいで【こくようせきのやり】の柄が折れた!! でも、イノシシの脇腹に深々と刺さった槍の穂先の周辺から、ダラダラと真っ赤な血が流れ、泥を濃い朱色に染めていく。
…起き上がったイノシシと目が合った瞬間、俺は一目散に走って距離を保った。そう、あのまま奴と対峙しても勝てる訳が無いからだ。
ブコッ、ブコッと血の混じった泡を鼻から噴きながら、イノシシは俺の方に何度か突進してこようとしたが、離れた場所で奴を見守っていた俺に近付けもしない。やがてヨロリと身体を振るわせたイノシシは、俺の前で膝を突き、ブフッと大きく鼻息を吐いて倒れた。
…か、勝った…のか?
恐る恐るイノシシに近付いてみると、奴はまだフーフーと息をしている。しかし、明らかに槍の一撃が致命傷だったらしく、時折宙に浮かした脚で
…このまま、ほったらかしにしてもコイツはやがて死ぬ。
でも、俺は戦って勝ったんだよな。だったら、コイツの生死は俺が決着つけてやるべきだろう。
そう思いながら、俺は【おれたやり】を投げ捨てて、【いしのておの】を握り締めた。
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