105 時が過ぎれば side:日奈星凛莉


 昼休みの終わり頃。


 あたしとかえではあまりの暑さに嫌気が差して、一階にある自動販売機でジュースを買う事にした。


 あたしはオレンジソーダ、楓はスポーツドリンクを手にしている。


 今はその帰り。


「あえて、それなの?」


 お金を出してまでスポーツドリンクを買う意味があたし的には分からなかった。


「体に良くないじゃん、それ」


 楓はつまらないことを言って、あたしの炭酸ジュースを否定する。


「そんなこと気にしてんの?」


「少しは気にした方がいいんじゃない。いつまでも若いわけじゃないんだし、大人になって老ける原因になっても嫌だし」


 まだ10代なのに、もうそんな先のことを見越しているのかと思うとあたしとは違うなと感じる。


「はいはい、あたしはどうせ今しか生きられませんよ」


「知ってる」


 楓は全く否定することなく受け入れる。


 それはそれで面白くない。


「なんで楓がそこまであたしのこと分かるのよ」


「明日を考えて生活できる子なら、好きな子と一週間も口効かないとかやらないでしょ」


「ぐっ……」


 ちょっと意地悪しようと思ったら完全にやり返された。


「いつまで意地張ってんの?とりあえず雨月と話して誤解がないか確認すればいいでしょ」


「だーかーら、それは涼奈すずなから言って来て欲しいの。本当にあたしのこと想ってくれてるなら、絶対に誤解を解こうとするはずでしょ?」


 あたしの返答を聞いて、楓の眉間に皺が寄る。


「だっるー。メンヘラかよ」


「うざっ」


 聞いといて、その反応はあんまりだ。


 あたしだって言いたくて言ったわけじゃないのに。


「ていうか、雨月はその誤解を解こうとしてたかもしれないのに拒絶したのが凛莉なんだからさ。もう雨月が声掛けられるわけないじゃん」


「だから、そんなので諦めないでってことじゃん」


「……雨月の性格も考えてあげなよ。どう考えても消極的でしょあの子」


 それは的を射ているようだけれど。


 涼奈のことを理解したようなテンションで、立ち位置で話して欲しくない。


「楓が涼奈の性格とか分かるわけないのにテキトーなこと言わないで」


「あ、独占欲?自分は無視してるくせに他人は触れるなって?イタタタ……」


 楓はわざとらしく目を瞑って見てはいけない物を見てしまったと、あたしにアピールしてくる。


 どれも否定できないことばかりだからやっぱり面白くない。


「いいの。それで諦めるようならあたしに対する気持ちってそんなもんってことでしょ?」


「素直じゃないねー。本当はかまって欲しいくせに」


「だから、何で楓がそんなことまで分かるのよっ」


「そうとしか思えない凛莉の行動がいくらでもあるから、聞きたい?」


 そんな所まで見ているのか。


 楓が鋭いのか、あたしが態度に出し過ぎなのか分かんないけど。


「いい、聞かない」


「懸命だね」


 楓はやれやれと首を振る。


「真面目な話さ、そんな悠長に構えてていいの?」


「……どういうこと?」


「雨月だって女なんだし、傷ついた心を誰かに癒して欲しくなったりしたらどうすんのかなって」


「誰かって誰よ」


「そんなの分かんないけど。でも雨月は誰かさんの影響で少しずつ垢抜けちゃったし、多分それなりに狙ってる子いると思うけど」


 周囲の反応から個人の変化に至るまで、楓はそういう機微を見逃さない。


 楓がそう言うのならば、そうなっている可能性は高い。


「いや……さすがに、こんなすぐに心変わりしないでしょ」


「そうやって斜に構えている内に、他の子にとられた友達けっこー見て来たけど?」


「……」


 楓に言われると、本当にそうなるような気がしてきて寒気がする。


「私に言われただけで青ざめるなら、早く仲直りしなっての」


「いいのっ、あたしは待ってるのっ」


 はあ、と楓は今後こそ深い溜息を吐く。







「……あーあ、言わんこっちゃない」


 教室に戻ると、楓が低い声を漏らす。


 視線は窓際の一番後ろ、涼奈と進藤に向けられていた。


「二人で話してるだけでしょ」


 あたしはなるべく平静を装って返事をする。


「どうすんの、あれが待ち合わせの約束とかだったら」


「ないない、涼奈は進藤のこと興味ないって言ってたし」


「気になってるくせに」


 楓はあたしの発言なんてまるで信用していない。


「あたし関係ないし」


 これ以上話しているとモヤモヤが爆発しそうだったから、席につくことにする。


「じゃあ、私は盗み聞きして来ようかな」


「あ、ちょっと……」


 楓は通行人を装って涼奈の元に近づいて行く。


 別にあたしは涼奈と進藤のことは気にしていない。


 ただ、楓が変な行動をしているからそっちに注目しているだけだ。


 ――パタッ


 通りかかった楓が手に持っていた財布を落として、それを涼奈が拾っていた。


 一体何をしてるんだ。


 楓は財布を手渡され、すぐにあたしの元に戻ってくる。


「凛莉、マジで手遅れかもよ?」


「……は?」



        ◇◇◇



「それで、凛莉。なんで帰らないの?」


「いや、もう帰るし」


 放課後、あたしが席を離れずにいると楓が話しかけてくる。


 教室には涼奈と進藤と、クラスメイト数人とあたし達しかいない。


「進藤のこと、気になってるんでしょ?」


「別に」


 ただ、楓から変な話は聞いた。


『放課後、ちょっと時間いい?』


 と、涼奈が進藤に詰め寄り。


『話しがあるの』


 真っすぐに進藤のことを見て


『これからのこと』


 なんて、意味深なことを言ったらしい。


「ほら他の子も出てったし。私たちが残っててもあの二人は喋らないから、教室出ないとダメだって」


「それは知らないけど。そろそろ帰ろうかなとは思ってた」


「……はいはい」


 あたしたちは廊下に出る。


「それで、聞き耳でも立てるの?」


 楓はお見通しのように言ってくる。


「立てないし」


「正直になれば?」


「なってるし」


 あたしは楓を連れて玄関へ向かう。


「……」


 だけど、やっぱりどこか引っ掛かる。


 足を止めると楓があたしを見る。


「どうしたの、帰るんじゃないの?」


「忘れ物した」


「……遅くなりそうだね。私、先帰ってるよ」


「うん、お願い」


「忘れ物、ちゃんと持って帰れるといいね」


 そう言って楓はひらひらと手を振って帰って行った。


 楓なりに気を遣ってくれたのは分かっている。


 あたしは教室へと戻った。







 大丈夫、涼奈がそんなすぐに心変わりしない人だって信じてる。


 でも、楓が変なこと言うから気になっただけで。


 教室の扉から漏れてくる音に聞き耳を立てる。


 ごめん。何でもないことを確認したら、すぐに帰るから――。


「うん、だからね。わたしは出来ることなら、好きな人とずっといたいの」


 え……。


 涼奈の言葉に呼吸が止まる。


 “雨月だって女なんだから、傷ついた心を誰かに癒して欲しくなったりしたらどうすんのかなって”


 さっき聞いた楓の言葉が反芻する。


 涼奈、やっぱり進藤のことを……?


「そうか、そうか……。お前、どんどん変わっていったもんな。そういうことだったか」


「うん、そういうこと」


「オッケー、そういうことなら分かったぜ」


「いいの……?」


 二人は分かり合ったように見つめ合っている。


「幼馴染の腐れ縁だぞ。お前の本気度くらい分かるし、それを否定するほど俺も野暮じゃねえよ」


 そして指し示したように手を取り合おうとしている。


 ダメ、それ以上は……。


「ありがとう」


 涼奈の嬉しそうな声が聞こえて、もう限界だった。


 ――ガガッ!


 足を踏み外しそうになって、堪えて、走り出す。


 あたしは取り返しのつかないことをした。


 涼奈はきっと、ずっとあたしだけを見てくれているだなんて驕っていたんだ。


 あたしは、現実から逃げるように教室から立ち去ることしか出来なかった。 

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