98 かけ違い
「……
「
朝、いつものように凛莉ちゃんに会うと、彼女の服装が変化していた。
制服ということに変わりないけど、ブラウスのボタンを閉め、スカートの丈も長くなっている。
だいぶ、優等生に近い見た目だ。
制服だけの話だけど。
「足、噛んでくるから」
恨むような目で見てくる。
でも、正直わたしからすると喜ばしい変化ではある。
「うん、これからも噛もうと思える」
「絶対やめてよっ、あたしもうこんなのやだからねっ」
髪の毛をかきむしり、頭を抱える凛莉ちゃん。
本気で嫌がっていた。
「……まあ、凛莉ちゃんぽくない気はするけど」
「やった側がそれ言う!?」
怒られた。
校舎に入り、廊下を歩く。
朝の空気は張り詰めていて、どこか重い。
「ねえ、夏休みさ。お泊まりするなんてどう?」
そんな空気に全く影響されない陽気な彼女。
「泊まり……?」
「そうそう、あたしの家で。それか涼奈の家でもいいけど」
確かに、わたしたちは二人とも一人暮らしだからお泊まりに問題なんてない。
いや、そもそも仮に親がいたとしても女の子同士で泊まることは何ら変なことではないか。
「いいけど……なにするの?」
「何でもいいじゃん」
「何でもって……」
「ただ一緒にいるだけで楽しくない?」
「まあ……」
それはそうかもしれないけど。
「家じゃなくても、海とか行ってもいいんだよ、夏だし」
「……は?」
「いや、そんな変なこと言ってないから」
「海なんて行ってもやることない」
「泳げばいいじゃん、涼奈の水着とか見たいんですけど」
「……絶対いや」
何が悲しくて世間の皆様にわたしの貧相な体を見せなければいけないのか。
「綺麗だと思うんだけどなぁ」
凛莉ちゃんは近頃なんでもそっち方面の発言が多い。
もうちょっと落ち着いてもいいと思う。
「涼奈が行ってくれないと、
……凛莉ちゃんが海?
陽気な友達たちと、水着で海。
色んな人の注目を集めてしまうのが容易に想像がつく。
「だめ」
「だって涼奈が行ってくれないんだから、しょうがないじゃん」
「わたし以外の予定はキャンセルするって言ったじゃん」
「その涼奈に予定をキャンセルされたんだから、仕方なくない?」
また変なことを言い始めた。
「とにかくだめ」
「自分は行かないし、あたしが行くのもダメってけっこうワガママじゃない?」
「そんなことしたら全身噛むからね」
そうして水着なんて肌を晒す行為をできないようにするから。
「そ、そこまでする……?涼奈ならやりかねないから怖いんですけど」
「前から言ってる、凛莉ちゃんは他の人に肌を見せたらダメ」
「えっと……水着だよ?」
「バカなの?制服でもダメって言ってるのに水着なんてもっとダメに決まってるじゃん」
「い、いや……多分バカなのあたしじゃないと思うんだけどなぁ……」
凛莉ちゃんは“まいったな……”と頭を掻く。
そうしたいのはわたしの方だ。
「でも、そんなにあたしの露出を減らして涼奈はどうしたいの?」
「どうするとかじゃなくて、他の人に見せる必要がないって言ってんの」
「箱入り娘か」
「いいの、わたしが見るからそれでいいの」
「ん?」
「え?」
変な間が生まれた。
わたしもおかしなことを口走ってしまった気がする。
「――露出がどうのこうのと、朝にふさわしくない会話が聞こえてくるのですが」
「か、
「金織さん」
背後には眉をひそめる生徒会長が立っていた。
「夏休みに心躍らせるのは構いませんが、まずは期末試験に集中すべきだと思いますよ。特に貴女はね」
金織さんは凛莉ちゃんに険しい視線を送る。
「予定の話しくらい好きにさせなさいよ」
「そうやって私生活が浮つくから学業も怠るのです」
「あたしの私生活のどこが浮ついてんのよ」
「そんなもの貴女の制服の乱れを見れば一目瞭……ぜん?」
金織さんは自分で言って、その矛盾に気付き声を裏返す。
そう、彼女の制服の着こなしに浮つきは見られない。
「ひ、
「なんで普通に制服着ただけでそんな発想になるのよ……」
「あれだけ言って私の話しを一切聞かなかった貴女が、どうしたらそんな結果に落ち着くのか意味が分かりません」
すごい言われようだな……凛莉ちゃん。
「ん、この子のせいよ」
凛莉ちゃんが隣にいるわたしを指差す。
「あ、雨月さん……どんな奇跡を使って日奈星さんを正したのですか?」
奇跡って……。
噛みました、なんて言えるわけないし……。
「ああ……あの、わたしが口を開けば一発ですよ」
開いたらすぐ閉じるんですけどね。
意味がわかっている凛莉ちゃんの視線はどことなく冷たい。
「ど、どんな金言を仰ったのですか教えてくださいっ」
あ、ダメだ……。
余計に食いつかせてしまった。
あと金織さん、制服の着こなしは正しくなりましたけど化粧とかネイルとかばっちりのままですからね。
驚きすぎて忘れてるでしょうけど。
◇◇◇
放課後。
朝は金織さんに変な勘違いをさせてしまって、言い繕うのが大変だった。
結局その疲労がこうして最後まで響くとは……。
口下手は滅多なことを言うもんじゃないと反省する。
早く帰ろうと、鞄に教科書を詰め込む。
「なあ、涼奈?」
そうしていると前から声が掛かる。
「どうしたの、わたしもう帰るよ」
「ああ、いや。夏休み、お前誕生日だろ。今年はどうする?」
一瞬、意味が分からなくて混乱する。
「……ああ」
記憶が混同してごっちゃになってたな……。
まあ、進藤くんにお祝いしてもらうつもりはないからいいけど。
「今年はわたし……」
「――どういうこと?」
隣から切りつけるような声が間に入る。
そこにいたのは凛莉ちゃんだった。
「凛莉……ちゃん?」
その雰囲気がいつもと違う。
重々しいのに、どこか張り裂けそうな危うさ。
「涼奈の誕生日、ちがうの?」
「あ、えっと……」
困ったな……。
確かに雨月涼奈の誕生日は8月で、調べたらそんなのはすぐに出て来る。
誤魔化しようがない。
逆に
歪な状況が生まれてしまった。
「涼奈、あたしに嘘ついたの?」
それにタイミングも悪い。
昨日の夜に交わした約束を、こんな形で裏切ることになるなんて。
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