87 好みを知りたくて


  朝、スマホの陽気なアラーム音で目を覚ます。


 わたしのテンションとは真逆すぎて、音楽だけで不快だ。


「眠いんですけど……」


 昨日、ペンギンのぬいぐるみを通じて変なことを考えたせいか。


 それとも凛莉りりちゃんとの文化祭に舞い上がってしまったせいか。


 とにかく全然寝付けなかった。


「まあ、どっちもだろうけど……」


 それに今日は文化祭の後片付けだ。


 全く気が進まないし、やる気はゼロ。


 それでも今まで経験した文化祭よりは、気楽に行けるかもしれない。


 凛莉ちゃんがいてくれるおかげで。


「……ん。凛莉ちゃん?」


 自分で思い出して、自分で何かに引っ掛かる。


 なにか、大事なことが抜けている気がする。


 何となしにスマホのカレンダーアプリを開いて、今月の予定をチェックする。


 7月21日 凛莉ちゃん誕生日


「……あ」


 その日まで、あと三日に迫っていた。







 自分に言い聞かせておくけど、決して忘れていたわけじゃない。


 こうして自然と思い出したんだから、ずっと意識はしていた。


 ただちょっとだけここ最近、体育祭やら、わたしの誕生日やら文化祭やらと、目まぐるしかった。


 だから、その変化に疲れていただけ。


「ていうか、今はそれどころじゃない……」


 冷静に考えると、凛莉ちゃんと付き合って初めての朝と登校。


 なんかちょっと緊張する。


 遠目からでも分かる華のある女の子のシルエットが見えてくると、それだけで鼓動が早まっていく。


「落ち着け、落ち着けわたし……」


 とにかく自分に言い聞かせる。


 大丈夫、いつも通りに振る舞えばいいだけだ。


「おっ、おおっ、おはよよ。凛莉りりちゃん……」


 最悪。


 盛大に噛んだ。


 本番での勝負弱さをこれでもかと露呈する。


 ほら、いいものを見たと凛莉ちゃんの表情がいやらしい感じになっている。


「なに、涼奈。おはようも言えなくなったの?」


 完全に小馬鹿にした態度でわたしの顔を覗き込んでくる。


 綺麗な顔だけど、憎たらしい顔だ。


 今度そんなことしてきたら、凛莉ちゃんの顔を噛んでやろう。


 そうだ、そうしよう。よし決めた。


「言えてるじゃん」


「噛んでるじゃん」


「噛むことくらいだってある」


「そうだよね。噛むの、好きだもんね」


 ……なんか、わたしの心が見透かされているみたい。


 凛莉ちゃんはいつも見抜くけど、どんどんとその精度が増している気がして本当に怖くなってくる。


 何も隠し事できなくなりそう。


 その後も、凛莉ちゃんはわたし使って遊んできたから置いて行くことにした。


「涼奈、待ってよ」


「待たない」


 後を追ってくる凛莉ちゃん。


 運動神経で負けるわたしが凛莉ちゃんを置いて行けるわけがないのだけど。


 それならそれでいい、諦める。


 そんなことよりも大事なことがある。


 凛莉ちゃんの誕生日、何をあげればいいのかさっぱり見当がついていない。


 だから、直接聞くのが一番かなと思った。


「凛莉ちゃんの好きなものって、なに?」


 あれ、驚いた顔してる。


 聞き方にひねりなさすぎた……?


 誕生日のことだってさすがに分かるか。


 隠し事でもないけど、オープンにすることでもない。


 凛莉ちゃんはわたしに黙ってペンギンをくれたのだから。


「そうだね……」


 凛莉ちゃんは急に真面目な顔になって考え込む。


 好きなものってそんな考えるようなことだっけ?


 もっとサラッと言うものだと思ってたんだけど。


「涼奈、かな?」


「……」


 ああ、もうっ。


 朝からそういう冗談やめてよねっ。


 もう直視できないじゃん。


 わたしは逃げきれないと分かっていても、やっぱり凛莉ちゃんから逃げることにする。



        ◇◇◇



「学校、燃えねえかな」


 教室でメイド喫茶用の飾りつけを外していると、放火魔みたいな発言をする人がいた。


「なあ、涼奈。俺は学校が燃えたらいいと思ってるんだが?」


 ていうか進藤くんだった。


 誰も返事してくれないから、近くにいたわたしに声を掛けてきたみたいだ。


 鬱陶しい。


「……進藤くん、ふざけてないで手を動かしなよ」


「なんてことを言うんだ。二年生が始まって以来、俺は今この瞬間が最も本気で悩んでいる」


 そっちの方こそ何言っているんだ。


 この人怖いから誰か遠ざけて下さい。


「何でそんなことを思うのさ」


「この学園が不健全だからだ」


「……」


 ハーレムなんていう不健全極まりないものを体現するはずだった人に言われてもなあ……。


「おい、やめろ。そんな憐れむような目で見るな。言っとくけどお前も俺と同類だぞ」


 何でもいいけど、進藤くんと一緒にカテゴライズされるのは癪に障る。


「進藤くんと同類って、どんなところが?」


「言わせるな、俺たち非リア充同士だろ」


「……ん?」


「文化祭が始まった途端、アホみてえにカップルが急増したよな」


「みたいだね」


「そんな色恋沙汰とは無縁な生き物だろ、俺たち」


「……なる、ほど」


 何とも反応し難い話題を持ってくる。


「おいおい固まるな、いまさら周知の事実だろ」


「え、あ、うん……」


「お互い残り物同士、仲良くしような」


「……へえ」


 肯定も否定もしないでおく。


「ん?おい涼奈……お前その反応まさか……」


「えっ」


 変に勘が鋭い。


 こういう時だけ幼馴染のアドバンテージ発揮しないで欲しい。


「男、出来たのか?」


「……」


 こういう絶妙な外し方は、さすが鈍感系主人公。


「……いや、出来ないけど」


 嘘は言っていない。


「なんだよ、焦らせんなよ。俺を置いて行ったのかと思ったぜ」


「別に……進藤くんがわたしを置いて行ってもいいんだよ?」


「腐れ縁だからな、見捨てないぜ」


「……ふうん」


 要らない縁。


 こうしてわたしと話すんじゃなくて、他のヒロインと話せばいいのに。


 進藤くんの文化祭イベントにわたしは何も手を出さなかったけど、案の定何も起きなかったのだろう。


 彼はまだ誰とも付き合っていない。


 彼とのエンディングをどうするか。


 向き合わなきゃいけない問題だろうけど、今はそれどころじゃない。


「ねえ、ついでだから聞いてみるんだけどさ」


「おお、なんだ」


「誕生日に何貰ったら嬉しい?」


「……ほう。そうだな」


 進藤くんは顎に手を置いて考え込む。


「愛」


「……」


 結局、恋人欲しいのかい。

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