56 勉強会
「じゃあ始める……?」
みんな集まったので、当然やることは勉強だ。
しかし現状、
最奥は金織さんの座っているデスクがあり、その手前には長テーブルが置かれている。
役員の方は普段ここで作業をしているのだろう。
勉強するのなら当然このテーブルに座ることになるんだけど……。
「どうぞ、お好きな所に座ってください」
金織さんが気持ちよく許可を出してくれる。
「ですって皆さん……」
だがわたしが周りを見渡しても、皆は動く気配を一切見せない。
なんで……?
「そういう
ここなちゃんに催促される。
ここは話を持ち出したわたしが動かなきゃいけない雰囲気だ。
「じゃあ、座っちゃうからね」
わたしは入り口から見て一番奥の右側の席に座ることにする。
「なら、あたしは
と、
「雨月涼奈の隣にはここなが座るわ」
ここなちゃんが物申してきたのだ。
「は?何言ってんの」
「ここなだけ下級生でしょ?先輩に囲まれて寂しいから、知り合いの雨月涼奈の隣になるのは当然だと思わない?」
と、先輩の凛莉ちゃんに物怖じを一切せずに言っている。
「そんな堂々としといて、よく寂しいとか言えるわねっ」
「あっ、先輩こわーい」
ここなちゃんはわざとらしく身構えて怯えるように震えていた。
「だいたい、知り合いなら兄がいるでしょあんたにはっ」
「お兄ちゃんは妹離れしたいみたいだから、もういいの」
「!?」
ここなちゃんの発言に、進藤くんは驚いたように目を丸くしていた。
全然その気はないらしい。
多分、“お兄ちゃん離れした妹”と言うのが正解だ。
「それで言うなら私も唯一の三年生で心許ないから、涼奈ちゃんの隣に座ろうかな」
まさかの二葉先輩が乱入してくる。
「あんたは上級生なんだから上手いことコミュニケーションとれるでしょ」
そして当然のように凛莉ちゃんは二葉先輩も止めに入る。
「一人は誰だって寂しいものだよ」
「いっつも屋上で一人でいるヤツが何言ってんのよっ」
そして案の定、見つめ合う三人。
……わたしがどっか行けばいいのかな。
「分かりました。このままでは話は並行線ですので、私が雨月さんの隣に座りましょう」
最後は金織さんまでデスクから立ち上がって、こちらのテーブルに近づいてくる。
「あんたはそこの偉そうな席に座ってなさいよっ」
「離れていたら教えるのに非効率じゃありませんか」
結局、誰も譲らない展開になってしまった。
なんでこんなことになるんだろう。
「じゃあ、くじ引きで決めれば?」
その硬直状態を見かねた進藤くんがアイディアを出す。
「このままじゃ、決まんないんだし」
『……』
一同沈黙したが、反論はなかった。
◇◇◇
最終的な席順は、入り口から見てこうだ。
右奥から、ここなちゃん・わたし・二葉さん
左奥から、凛莉ちゃん・金織さん・進藤くん
「なんでこうなるかなぁ……」
凛莉ちゃんがぼやいている。
凛莉ちゃんとは右斜めのお付き合いになった。
「それは私の台詞です。どうして貴女なんかと……」
凛莉ちゃんの隣にいる金織さんもぼやいていた。
「この席だと涼奈に教えてもらえないんだけどー」
「自分で勉強なさい」
唇をとがらせている凛莉ちゃんに、金織さんがズバリ言う。
「なんのための勉強会なのよ、それっ」
「基本的に勉強は一人でするものです。こういう場は強制力を働かせることで勉強から逃げないようにするための環境作りでしょう?」
「でもあんたが隣にいるおかげでやる気減ってるんですけど?劣悪な環境なんですけど」
「貴女ね……」
相変わらず言いたい放題の二人だった。
「雨月涼奈、分からないことあったら教えてあげるからね」
右隣のここなちゃんは優しいことを言ってくれる。
「ここなちゃんって本当に2年生の範囲も分かるんだ」
「一応ね」
「成績もよさそうだね」
「学年2位よ」
ここなちゃん頭いいんだ……。
兄より優秀な妹って、進藤くんも大変そうだなあ。
……あれ、そう言えば進藤くんは?
視線を左斜めに向ける。
「……」
肩身を狭そうにして沈黙している進藤くんがいた。
進藤くん主体の勉強会だったはずなのに、彼が黙っていては問題だ。
ここは一つ、わたしが助け船を出さないと……。
「二葉先輩お願いしてもいいですか?」
「どうしたの涼奈ちゃん」
「そこの男の子……進藤くんは勉強が苦手なので教えてあげてもらっていいですか?」
ガタッ、と椅子を動かす進藤くん。
予想外の展開らしい。
「そうなの?」
二葉先輩が進藤くんに視線を向ける。
「あ、まあ……あんまり得意じゃないすね」
しかし、進藤くんは視線を反らしてボソボソと返事をする。
わたしが言えた立場じゃないのは百も承知だが、こんな所で人見知りを発揮している場合じゃないよ進藤くんっ。
「何か教えて欲しいことある?」
それでも優しい二葉先輩は進藤くんに質問を続ける。
「先輩の好きな人のタイプ教えて欲しいっす」
進藤くん……。
積極的になるタイミングをかなり間違えてるんですが……。
「う、うん……秘密」
二葉先輩が引いている。
「進藤さん、生徒会室で何てことを聞いているんですか」
金織さんは若干怒っている。
「はあ……。お兄ちゃんそういうのマジでウザがられるから、やめなって前から言ってるんだけどなぁ」
ここなちゃんはため息を吐いている。
ヒロインとの親密度、全く上がらないんですけど……。
――ピコン
「……?」
なぜかこのタイミングでスマホのメッセージ音が鳴る。
『もうこれ勉強教えてもらうのムリじゃね?』
進藤くんからのメッセージだった。
『わたしの努力を返して』
それが本音だった。
勉強会を開いた以上は頑張って勉強をするのが筋だ。
黙々とシャープペンを走らせていると、分からない問題に当たる。
誰かに聞きたい場面になってしまった。
でも、誰に聞けばいいんだろう。
そんな難しい問題じゃないし、わたしのど忘れだから誰に聞いても答えてくれそうだけど……。
いざ聞くとなると、躊躇してしまう。
「涼奈、どうかしたの?」
だけど、そんなわたしの戸惑いを一番に察したのは凛莉ちゃんだった。
「あ、えっと……ここが分からなくて……」
その声に委ねて、わたしは教科書に載っていた分からない部分を指し示す。
「それはこっちの公式を使って――」
「こちらの公式を使用すれば――」
「この公式を当てはめれば――」
しかし、三人の声が一気に重なった。
「あんた達、これはあたしが聞かれてたんだけどっ!」
そして凛莉ちゃんが憤慨していた。
「雨月涼奈が困ってそうだったから」
「雨月さんが分かっていらっしゃらないようでしたので」
「涼奈ちゃんに説明してあげたくて」
ここなちゃん、金織さん、二葉先輩がまたも声を合わせる。
なんだこの過保護な勉強環境……。
その勉強の手ほどきを一ミリでも進藤くんにしてくれたら物語は動きそうなのに。
だが当の本人はというと――。
「……すぴぃー」
コクコクと首を上下させて眠たそうにしていた。
だ、ダメだこりゃ……。
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