54 教えて
「なあ
5月に入り、あと1週間後に中間試験が控えている。
進学校ということもあり、クラスの雰囲気が少しずつテストに対する憂鬱さを帯び始めている頃。
目の前の席の
「やだよ」
「つめたっ」
実はこの展開、選択肢によるイベントが発生する。
幼馴染の
ギャルの
生徒会長の
先輩の
妹の
※ちなみに、ここなちゃんは兄に指導するために2年生の範囲は予習済みである。執念とも言える愛。
各々の個性を発揮しつつ、勉強を進藤くんに教えてくれるわけだ。
だから大丈夫、わたしが教えなくても他の子たちがいる。
「他に教えてくれる人いないの?」
進藤くんの中で、ヒロイン候補が他にいるのか確認してみる。
「ここなにお願いしたら“自分の勉強は自分でやりな”って、一蹴されたぜ☆」
片目をつぶって返事された。
やっぱりここなちゃんとのイベントもスルーされてしまったのか。
「まあ、言ってることは正しいよね。あとその瞬き気持ち悪いから二度としないでね」
「ウィンクですけど!?」
「ウィンクに謝って」
「どこ相手に謝ればいいんだよっ」
「人類」
「範囲広すぎない!?」
ふぅ……。
ほんとに静かにして欲しい。
朝からどうしてこんなハイテンションでツッコんでくるんだろう。
「他に教えてくれる人いないの?」
「えー?まあ、いねぇかな」
幼馴染の前に妹に頼るくらいなのだから、選択肢はほとんどないのだろう。
進藤くんはキャラは明るいが、友達と呼べる友達はいない。
それこそヒロインたちがいなければ、一人でいることも多い。
ぼっちというほど孤立しているわけでもないので、あまり目立たないけれど。
「それは困ったね」
つまり進藤くんと他ヒロインとのフラグが立たない。
このままでは幼馴染の雨月涼奈だけが残るバッドエンディングを残すのみだ。
「いや、だから涼奈が教えてくれたら万事解決なんですが」
それではわたしとの好感度が上がるからダメだ。
「赤点取って留年とかは?」
「鬼なの?なに思いついたみたいなテンションでおかしなこと口にしてんの?」
いっそのこと原作にはない行動をとらせて本来ないエンディングに変化とかないんだろうか。
……まあ、かもしれないに賭けるのは博打すぎる。
それなら、わたしから他の子たちとのフラグを立てるしかない。
ハーレム主人公らしく、選択肢を増やしてあげよう。
「わかった、それなら今日の放課後に勉強会しよう」
「え、マジ?教えてくれるのか?」
「うん、ただ他の人も誘っていい?」
「いいけど、戦力になるんだろうな?」
なんで教えてもらう立場で上から目線なんだ、この人。
「わたしなんかより、よっぽど優秀な人たちだよ」
「おっけ、ならいいぜ!」
ウィンクするなと言ったせいか、今度は親指を立てニコッと白い歯を覗かせていた。
それはそれでイラっとする。
「人を指差すな」
「グッドのポーズですけどっ!?」
◇◇◇
昼休み、凛莉ちゃんとの昼食を終えてわたしは廊下に出る。
まず、するべきは勉強場所の確保だった。
――コンコン
「どうぞ」
扉をノックすると、凛とした返事が返ってくる。
「失礼します」
「あら、雨月さんでしたか。どうされました?」
訪れたのは生徒会室。
堅牢なデスクを前に座っていたのは、
デスクの上には書類の束があり、多忙さを感じさせる。
「お仕事中にごめんなさい、今大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。生徒の話に耳を傾けるのも生徒会の役目ですから、お気遣いは無用です」
ああ、なんて教科書通りの美しい対応。
背後にある窓から後光が差して神々しい……。
「えっと、そろそろ中間試験じゃないですか。少し勉強を教えてもらえたらな……なんてお願いしたらダメですか?」
「構いませんよ」
金織さんはすんなりと承諾してくれた。
「いいんですか?ほら、生徒会のお仕事とかたくさんありそうですし……」
「勉学に励みたいと相談してくれている生徒を私が見放すはずがありません」
め、女神ぃ……。
すっごい、いい人じゃん。
「そしたら、放課後にここを使わせてもらったりとか……?」
一瞬、金織さんは考え込む。
「今日は生徒会の仕事はありませんし、他の役員も不在ですから問題ないでしょう」
「それと勉強に困ってる人が他にもいて、一緒に連れて来てもいいですか?」
「あら、雨月さんだけではないのですね……」
ちょっとだけ意外そうに、金織さんはつぶやくと――
「構いませんよ。私でお役に立てるのなら力をお貸しします」
2年生の首席が言っておられます。
貴女に力がないのなら、誰も力になりません。
「よろしくお願いします」
わたしは一礼して、生徒会室を後にした。
今度は一階を訪れる。
チラチラとおっかなビックリで一年生の教室を覗いて行く。
「いた……」
運がいいことに、進藤ここなちゃんを教室で発見する。
だが、しかし。
誰も知らない下級生の世界には入りづらく、ここなちゃんの方から気付いてくれないかと扉の側に立って視線を送り続けた。
すると、他の女子生徒がここなちゃんの肩を叩き、わたしの方を指差す。
ここなちゃんはビックリしたように口を開けると、すぐにこちらに向かってきた。
「あ、雨月涼奈……あんた一年生の教室の前でなにしてんの?」
「ここなちゃんに用があってさ」
「ならすぐに声掛けなさいよ、“挙動がおかしい先輩がずっとここなを見てるよ”って、他の子が教えてくれたのよ?」
「あ、そうなんだ……」
逆に悪目立ちしてしまったらしい。
「それで、何の用よ」
「うん、放課後に勉強会なんてどうかなと思って」
「……なんでここなを誘う訳?ここな年下なんだけど」
「わたし知ってるんだよ。ここなちゃん実は2年生の勉強範囲、網羅してるでしょ」
「なっ、なんでそれを……!?」
ゲームをプレイ済みだからです。
「進藤くんにお勉強を教えてって頼まれてさ、一緒にやろうよ」
「えっ、お兄ちゃんもいるの……?自分で勉強をやらせた方がいいと思って放っておいたんだけど」
「それも分かるけど、みんなで勉強する分にはいいんじゃない?一方的にはならないし」
「……そうかもしれないけど」
「うん、それじゃ放課後、生徒会室で」
とにかく約束は取り付けた。
下級生の教室に上級生が来るのは目立って仕方ないので、即退散する。
「……生徒会室?」
ここなちゃんが何か言っていたが、それは廊下の雑踏に掻き消された。
「……つ、疲れる」
今度は屋上へ足を運ぶ。
あっちこっちを行ったり来たりで、疲労してきていた。
何とか辿り着き、扉を開けると外の風が流れ込んでくる。
そこには抜けるような青空を見上げる少女の後ろ姿があった。
「二葉先輩」
「あれ、涼奈ちゃんじゃない。どうしたのさ」
相変わらずの肩の力が抜けた感じで二葉先輩は気さくに応えてくれる。
「放課後、一緒に勉強しましょう」
「おっと、いきなりだね」
「先輩ですから2年生の試験範囲分かってますよね。大学進学もあって勉強もしているでしょうし」
「……ほどほどにはしてるけど、人に教えられるレベルかは分からないよ」
「いいんです、お願いします」
「うーん、涼奈ちゃんにお願いされたら断れないな」
これまたあっさりと二葉先輩は承諾してくれる。
「それじゃ放課後、場所は生徒会室で。クラスメイトと下級生もいるのでお願いしますね」
「えっ、そういう感じ……?」
わたしは安堵感に包まれて、屋上を後にした。
教室に戻り、自分の席に着こうと歩く。
「あ、涼奈ー?今日の放課後ってヒマ?」
ぴたり、とわたしの足が止まる。
隣に、凛莉ちゃんがいた。
「もしヒマなら、また勉強教えて欲しいんだけどダメ?」
「……うーんとね」
あれ、凛莉ちゃんにこの状況ってどう説明したらいいんだ……?
怒られる未来が視えて、背中がじんわりと熱くなり始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます