40 心のキャッチボール


雨月あまつきさんは、どうしてお一人で練習しようと思ったのですか?」


 体育館を出ても金織かなおりさんは話し掛けてきた。


 同じ二年生なので道のりはほとんど同じだから、このまま一緒に教室まで行くつもりらしい。


「え、だから下手だとマズいと思って……」


「どうして下手なままでは良くないと思ったのですか。きっかけがあったのでしょう?」


 なんか根掘り葉掘り聞いて来る感じだ。


 そんな気になるようなことでもないと思うんだけど。


「友達が上手だったから、このままだと置いて行かれる気がして嫌だなと思ったんです……多分」


「なるほど。雨月さんはそのご友人と肩を並べたかったのですね」


「あ、まあ……多分」


 そうは言いつつもしっくりこない自分もいる。


 わたしはそんなに競争意識が高くない。むしろ平和主義者だ。


 だから他人と競うことを前提とするスポーツとは相性が合わない。


 そんなわたしでも練習したいと思わされたのだから……不思議だ。


「切磋琢磨しあえる友人は得難いものです、よい関係を築けているのですね」


 あ、それはどうだろう……。


 わたしの場合、凛莉りりちゃんから刺激をもらってばっかりで与えている気はしない。


 だから、そういう意味では良い関係とは言えないのかもしれない。


「では、私はこれで失礼します」


「あ、はい」


 ちょうど二年生の教室に差し掛かり、金織さんとはそこで別れた。







「えっ……」


 教室に入ると、わたしの席には先客がいた。


 長い足を組んで頬杖をつきながら窓の外を眺めている美少女。


 凛莉ちゃんだった。


 わたしに気付くと、凛莉ちゃんはすぐに顔をこちらに向けた。


 眉をひそめていて、何か物申そうとしているのはすぐに分かった。


涼奈すずな、おはよう」


「お、おはよ……」


 この挨拶からいつもの感じと違うのが伝わってくる。


「それで今日のなに、なんであたしを置いていったわけ?」


 “先に学校行ってます”メッセージを朝に送ったのだが、どうやらそれについて凛莉ちゃんは聞きたいらしい。


「え、何かマズかった……?」


「マズくはないけどさぁ。いきなりすぎだし、涼奈が何するか書いていないし、学校来ても教室にはいないし?ちょっと意味わかんない的な?」


 いや、マズかったようだ……。


 凛莉ちゃんは組んでいる足をぶんぶん揺らしている。


 ご機嫌ななめなのは態度からも手にとるように分かる。


「いや、ちょっと学校に早めに来たい用事があって……」


「……ふうん。ま、それはいいけどさ。どんな用事だったのかは教えてくれるんだよね?」


 え、そこまで気にする……?


 まあ……でも、金織さんにも周りの目を気にし過ぎるなって言われたし、正直に言った方がいいのかな。


「バ……、バレーボールの練習をしてたの。朝じゃないと体育館自由に使えないから」


「え、バレーの練習?涼奈、そんなに好きだったの?」


「いや、むしろ嫌いだけど……」


「だよね。なのに何で?」


 凛莉ちゃんと仲良くバレーをしているたちばなさんを見てモヤモヤしたから?


 それとも下手で一緒に出来ない自分に嫌気が差したから?


 どれも合っているようで、合っていないような気もする。


「……なんでだろうね」


「いや、自分で分かんない感じ?」


 確かに朝早く起きて慣れないことをするなんて相当な行動力だ。


 こんなわたしらしくない行動力を生み出した原動力は何なのか。


 凛莉ちゃんが関わっている事だけは確かだけど。


 ――ガラガラ


 先生が教室に入ってくる。


 それに気づいた凛莉ちゃんは席を立った。


「ま、いいや。今度からこういうのなしね」


「あ、うん……」


 なんでなしなのかは分からないが、よっぽどじゃない限りは認めてくれなさそうだ。


 わたしもそれを押しのけてまでやりたいことではないので、素直に頷いておく。


 凛莉ちゃんがいなくなった自分の席に座る。


(あったかいな……)


 しばらく座っていたのだろうか。


 椅子は少しだけ人肌のぬくもりを感じさせた。


 それが凛莉ちゃんの体温だと思うと、何だかいけないことをしている気分になる。


 でもよく考えると、そんなことに感情を揺さぶられている自分の方がいけないのではないかと思って、よく分からなくなった。



        ◇◇◇



 放課後になった。


 あの後、凛莉ちゃんはご機嫌を取り戻してくれた。


 けれど、もう朝練をすることができないので秘密裏に上達することが不可能になってしまった。


 ま、まあ……どうせ下手なんだし、そのままでもいいような気もしてきた。


 このまま身の丈にあった自分を受け入れるのも大人になるってことなんじゃないだろうか?


 なんて、朝とは真逆の考えに舵を切ったりしている。


「雨月さん、これから空き時間はありますか?」


「……へ?」


 だがしかし、予想外の声が掛かる。


 金織さんだ。


 なぜ、彼女がわたしに?


「へ、ではありません。バレーボールの特訓です」


「い、いや……放課後なんですけど」


 部活動がありますよ。


「運が良かったですね。バレー部は春季大会を控えている為、今日はミーティングで終えるそうです。なので半面空いているんですよ」

 

「な、なんですって」


 タイミングが良いのか悪いのか、どちらとも言えないことを聞いてしまった。


 いや、ていうか問題はむしろそこではない。


「金織さん、また教えてくれるんですか?」


「ええ、あのままでは途中で放っておいたみたいで気になって仕方ありません。基礎的なことくらいは伝えて差し上げます」


 う、うおおお……。


 あ、ありがたいはずなのに。嬉しくない。


 どうしてヒロインはこうも進藤湊しんどうみなとではなく、わたしの方を気に掛けるんだ。


 その気遣いを主人公にもう少しわけてあげて欲しい。


「ちょっと金織、あんた涼奈になにしてんの?」


 氷点下を更に下回った凛莉ちゃんの声。


 それは、わたし相手の時には絶対に聞くことのない声音。怒っている時だってもうちょっと優しい話し方をしてくれる。


「あら日奈星ひなせさん。私はただバレーボールの練習を提案しただけですよ」


「……は?なんであんたがそんなことすんの?」


「きっかけはただの偶然です。今朝、一人で練習している雨月さんをお見かけして僭越ながらアドバイスをさせてもらったのです」


 それを聞いて、ギッギッギッと油が切れた機械のような段階的な動きで凛莉ちゃんの首が旋回する。


 鋭い視線がわたしを射抜いていた。


「すーずーなー?なにそれ、あたし聞いてないんですけど?」


「え、言ったけど……」


「コイツと一緒にやってたなんて聞いてませんけどー?」


 ビッと凛莉ちゃんが金織さんを指差している。


 ……確かに、金織さんの話はしていなかったかもしれない。


 ただ、それは凛莉ちゃんが怖い雰囲気出してくるから全部話す余裕がなくなっただけで……。


 いや、ていうか金織さんと練習したからってそこまで問題あるのか……?


「日奈星さん、人を指差さないで下さい。不快です」


「あたしも不快なのよ。なんで涼奈とあんたが二人で練習なんてしてんのよ」


「……? ですから偶然です。その事に物申したいのであれば、そもそも朝から惰眠を貪っている貴女の方がいけないのでは?」


「涼奈が言ってくれてたら起きてたしっ」


「言われなければ出来ないだなんて子供の言い草ですね。あ、失礼しました。制服すら正しく着れない方なのですから子供以下でしたね」


「あ、あんたね……!!」


「何か間違ったことを言いましたか?」


 え、どうしてこの人達いきなり罵り合ってるんですか……?


 控え目に言って怖いんですけど……。


「さあ、行きますよ雨月さん。こんな不良少女は放っておきましょう」


「ちょっと待ちなさいよ、あたしも行くから!!」


「ええ……」


 当事者のわたしが一番置いてけぼり感を感じていた。

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