22 素直じゃない子 side:日奈星凛莉
控えめで、大人しく、目立つことを嫌う。
それは別にいい。
皆それぞれちょうどいい境界線があることくらい、あたしだって知っている。
ただ、最初に境界線を破ってきたのは
2年生になったばかりの春、まだ完全にクラスには馴染んでいない放課後。
あたしが街で暇を持て余していると、見るからに怪しげな男が声を掛けてきた。
『君、可愛いからさ。一日1~2時間だけでもすぐに稼げるようになると思うよ?』
知らない男に声を掛けられることは何度かあったけど、それは学校内の話であって同じ10代。
それが大人の男になれば、あたしだって怖いと感じる。
体は自然と強張った。
『は?なにそれ怪しすぎ、怖いんだけど。あたし別にお金に困ってないし』
その思いは男に対しての反抗的な声音に変わる。
『うそだ、そんなチャラい恰好して興味ないわけないじゃん。全然怪しくないからさ、まず話聞くだけで嫌なら断ってくれていいから』
これくらいの返しは慣れたものなのか。
それとも小娘の相手なんて容易いと思っているのか。
とにかく男は調子を崩さず、何でもない事のように話を続けた。
『もう断ってんじゃん。マジしつこいって』
反射的に声を荒げる。
街の中でも、その声は響いたと思う。
それでも周囲を通る人達とは視線すら合わない。
不自然すぎるほどに、行き交う人々はあたしの側を避けていく。
スーツの男に女子高生が声を上げているのを見て、痴話喧嘩とは思わないはずだ。
ここにいる人たちは、面倒事に関わり合いになりたくないんだ。
あたしは困っているのに、誰か助けて欲しいのに。
こんな時、頼れる人は側にいない。
『あ、ああー。ごめんごめん、待ったー?』
そこに妙に上擦った女の子の声が響く。
黒髪に三つ編の、黒縁メガネをかけている子だった。
同じ制服を着ていて、クラスメイトの子だというのはすぐに分った。
『え、ええと……?』
動転してしまって、上手く言葉にならない。
彼女と関わりはないし、待ち合わせだってしていない。
なのになぜ、誰もが素通りするこのタイミングで彼女は声を掛けてきたんだろう。
『先に買い物?ほら、時間ないし早く行こ』
彼女はあたしの腕を握る。
その手に、有無を言わさない強い意思を感じた。
『あ、おい、ちょっと待てよ!』
まだ絡んでくるスーツの男。
厄介なその男を相手に、女の子は睨みつけるような視線で返す。
『お兄さん、この子はわたしと用事があるんです。それにあんまりしつこいと警察呼びますよ。未成年相手ですし、噂になったらお仕事にも影響出ちゃうかもしれませんけど、いいですか?』
『……ちっ、なんだよ、いいよ別に』
明確な敵意と意思表示、それに屈した男は面倒くさそうに手の平を返した。
『行こう、
女の子は、あたしの名前をはっきりと口にした。
男を簡単に追い払い、その手でわたしを助けてくれる。
そんな経験は生まれて初めてだった。
『あ、う、うん!』
導かれるように、彼女の後をついていく。
その後ろ姿、黒く揺れる艶やかな髪はとても綺麗だと思った。
それが彼女――雨月涼奈を明確に意識した瞬間だった。
問題はそのあとだ。
『雨月さん、甘いものとか好き?』
あたしは、涼奈にお礼をしようと好みを聞いてみる。
『嫌い』
まさかの愛想のない声で秒で返される。
その後は何を聞いても、全部否定された。
『帰る』
しかも、そのまま帰るし。
本当に何目的だったのかさっぱり分からない。
それでも、あたしは諦めない。
涼奈ともっと話そうと、早起きして朝に出待ちだってした。
『おっはよー!雨月さん!』
明らかに逃げ出しそうだったから、腕に抱き着いて捕まえる。
そして仲を深めようとすれば――
『あ、あのさ……腕、いつ放してくれるの?』
――コレだよ。
いや、先に腕を掴んで助けてくれたのそっちじゃん!
なんであたしがするのはイヤがるワケ?
というか、涼奈からあたしに触れてくれたのは後にも先にもあの時だけだっ。
信じらんないっ。
『日奈星さん、わたしのことどう思ってるの?』
そうかと思えば、涼奈はいきなり大胆な質問をしてくる。
『ん?好きだよ?』
あたしは攻める。
とにかく仲良くなろうと必死に好意を示す。
『そういう雨月さんは、あたしのことどう思う?』
さすがにこれなら距離縮めてくれるよね!?
『……ふ、普通』
はっ!?
意味わかんない、意味わかんない。
そのまま逃げてくし、なんなのあの子!?
それでも、あたしはめげない。
放課後に約束をして、連絡先を交換する。
すると涼奈はスマホに視線が釘付けになっていた。
『あ、あの雨月さん?そんなにスマホ見つめてどうしたの?』
『……いや、日奈星さんって反則だよね』
『え、なにが?』
『こんな普通の恰好で可愛いとか勘弁してよ。わたしが着たら部屋着だよコレ』
なんでいきなりそういうこと言うかな、この子!?
飴と鞭ヤバすぎっ!!
『しかもこの画像加工してる?してないよね?』
『いや、ほら。足の太さとかは流石に修正してるし』
『ええ……?』
涼奈はあたしのトップ画を拡大してガン見する。
ムリムリムリ!!そんな見ないでっ!!
ていうか、涼奈に見せるならもっと盛れてるやつに変えとけば良かった!!
『どっちも一緒じゃん』
しかも投げやりな口調で、褒めてくるしー。
緩急えぐすぎて、困るんですけど。
あたしは、その後も頑張り続けた。
――カフェでパンケーキをあーんさせて、友達として認めてもらったし。
――音楽室で名前を呼び合うようにしたし。
――放課後の教室でメンタルやられてる涼奈の頭を撫でたりもした。
ま、まあ?
あたしにとってご褒美的な側面がないと言えばウソになるけど?
それでも、あたしなりに涼奈に寄り添ってきたつもりだ。
涼奈が人との距離をとりたがる子なのは分かっている。
だからなるべく、その調子に合わせて近づいたつもりだ。
……だって言うのに、ここ最近はヤバい。
――実は
――その妹にわざわざ弁当つくって料理を教えようとしたり、とか。
そして何より!!
――あたしと学校で仲良くする気はない、とか。
いやいや!!
これまで涼奈の気持ちはできるだけ尊重してきたつもり。
学校であたしと距離をとろうとしたのも、いきなり過ぎて慣れてないだけだと思っていた。
でも今後もそういうつもりだって言うなら話は別。
進藤(兄)やここなとは仲良くしといて、あたしとしないとか意味わかんない。
スクールカースト?
なんだそれっ。
そんなモノは学校にないし、あっても知らない。
あたしは涼奈と仲良くしたいだけ。
それ以上の理由なんていらない。
それなのに涼奈は意味が分からない理屈を引っ張り出してくる。
「涼奈がそういうつもりなら、あたしも考えがあるんだからねっ!」
だから、そんな涼奈をあたしが変えてあげようと思った。
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