21 互いのポジション


「はい、涼奈すずな。あーん」


「……」


 わたしは今、すっかり恒例になってしまった中庭のベンチに座っている。


 そして隣の美少女に箸でつまんだ卵焼きを突き付けられていた。


 ……意味が分からない。


「え、なんで口開けないの?」


 彼女の名前は日奈星凛莉ひなせりり


 パッと見はギャルだが、硬派で家庭的な一面もあるギャップが可愛い女の子。


 そんなことは百も承知だが、この状況はよく分からない。


「いや、これは何かなと思って」


「何って、あたしが作ってきたお弁当を涼奈に分けてあげるって言ったじゃん」


 そうなのだ。


 お昼を忘れたわたしは購買へと足を運んだ。


 その廊下で凛莉りりちゃんとすれ違った。


『あれ、涼奈。なにしてんの?』


『あ、お昼忘れちゃって。買いに行くところ』


『あっ、ちょうどよかった!』


『ちょうどいい?』


『よし、ほら来なよ涼奈』


『あ、ちょっと凛莉ちゃん。そんな力づくで……』


 と、強制連行された結果がこれである。


 凛莉ちゃんは大きなお弁当箱を開け、わたしにお弁当を提供しようと言うのだ。


「……いや、いいよ。自分で買うし」


「いいって、あげるって。食べなよ、はいっ」


 ぐいっと、もはや卵とキスするレベルで近づけられる。かなり強引だ。


「だっ、だってわたしが食べたら凛莉ちゃんの分なくなるじゃん……」


「大丈夫、今日は多めに作ってきたから」


「え、なんで……」


「涼奈に食べさせようと思って」


「いや、それもなんで……」


 友達の分のお弁当を作ってくるなんて聞いたことない。


 進藤しんどう兄妹は家族だ、だから分かる。


 ……幼馴染で作ってた雨月涼奈の件はスルーさせてもらう。彼女は異常だから。


「いいから食べなよ」


「凛莉ちゃん強引すぎ」


 そんな理由の分からない好意は受け取りがたい。


「まさか、ここなのお弁当は食べられたのに、あたしのお弁当は食べられないとか言う気……?」


 あ……。


 これはマズい。


 ニコニコ笑顔だけど、目が笑ってないパターンだ。


 これ以上断ると怒るぞ、という意思表示を感じる。


「幼馴染の妹のお弁当は食べれるのに、友達のお弁当は口に出来ないとか、そんなのありえないよねー?」


「……は、はい」


「だよね。はい、じゃあ食べて」


 いや、しかし。


 そうして突き出してくる卵焼きはどうしてハート型なのだろう。


 ここなちゃんはダメで、凛莉ちゃんはいいのか。


 判定基準はどこだ。教えて欲しい。


「ほら、あーん」


「……あーん」


 だけど、今はそれより凛莉ちゃんのこの圧力を解決しなければ。


 卵焼きがわたしの口の中に運ばれてくる。


 ふわふわとした食感に、ほんのりとした甘さが広がる。


「どう?」


 真剣な表情、その味がどうか本当に気にしている様子だ。


「……美味しいよ」


「ほんと?」


「うん、料理上手だね。凛莉ちゃん」


 料理上手という設定は知っていたが、実際に食べてその言葉が自然と出て来た。


「えへへ……」


 凛莉ちゃんは今度こそ本物の笑顔を零す。


 よかった機嫌を直してくれたと一安心する。


「まだ、たくさんあるから食べてねっ」


 しかし、すぐに切り替わり、鮭をつまんでわたしに差し出す。


 ……だけど。


「あの……さ」


「ん、なに?」


「自分で食べちゃダメなの?」


 なぜか凛莉ちゃんは箸をくれないし、離そうともしない。


 絶対に食べさせようとしてくる。


「いいじゃん、あたしが食べさせても」


「いや、変だよ」


「涼奈は細かいなぁ」


 いや、絶対そんなことない。


 せめて自分で食べさせて欲しい。


「それに、誰かに見られたらどうするのさ」


 ただでさえ、一緒にいるのが謎のわたしたち。


 それもお弁当を食べさせてもらってるのを知られたら、どう思われるのか分からない。


「別に見られたってよくない?」


「よくないよ、凛莉ちゃんとわたしが一緒にいるのも謎なのにさ。それもお弁当食べさせてもらってるなんて知られたら、絶対変に思われるよ」


「……じゃあ、涼奈はどうしたいのさ」


「今回はありがたく頂くけど……今後はいつも通り一人でいいよ」


 中庭だって今は春先だから人が来ないだけ。


 これから暖かくなってくれば人も増えてくる。


 そうなったらここも隠れ家のように使うのも難しくなる。


「……むうっ」


「えっ」


 まずい。


 凛莉ちゃんが頬を膨らませている。


 明らかに納得いってない顔をしている。


 そんなに今回の件は妥協できない案件だろうか。


「じゃあさ、あたしと涼奈っていつまでこんなコソコソしてないといけないの?」


「いや……まあ、なるべくその方がいいと思うんだけど」


「友達なのに?」


「いや……わたしと凛莉ちゃんが友達っていうの、皆は変に思うからさ」


「そんなこと言ってるの涼奈だけじゃない?」


「……今は知られてないからね。皆が知れば、ほとんどの人が疑問に思うよ」


 日奈星凛莉の隣に何故あんな地味女がいるんだ、と。


 デコボコにも程があると言われるのは目に見えている。


「それ、おかしくない?」


「え、えっと……」


 けれど、凛莉ちゃんは納得いかないようだ。


 物申すと言わんばかりの剣幕でわたしを睨んでくる。


「涼奈が人前で絡むのやめてって言うからそうしてるけど。いつまでも隠れてるつもりないからね」


「……いや、これはわたしの為だけじゃなくて。凛莉ちゃんのことも考えて言ってるんだよ?」


 もちろんわたしが調子づいているとクラスから揶揄されたくない気持ちはある。


 でも、それと同じくらいにわたしは凛莉ちゃんのことも心配している。


 スクールカーストの頂点が底辺と絡むなんて、凛莉ちゃんのブランディングが下がる。


 彼女はいいポジションにいるのだから、そのままいるべきなのだ。


「……それのどこがあたしのこと考えてくれてんの?」


「え、いや……」


 あ、あれ。


 空気がおかしい。


 わたしは変なこと言ってないはずなのに。


 凛莉ちゃんの気分をどんどん損ねてしまっている。


「あたしは涼奈と仲良くしたい、それだけだよ」


「……あ、うん」


 そして、どうして凛莉ちゃんはこうも真っすぐに気持ちをぶつけてくるんだろう。


 そんなことを面と向かって言われると、何て返していいのか分からなくなる。


「でもさ、涼奈はそうさせてくれないじゃん。なんで?」


「……だって、わたしと凛莉ちゃんとじゃ釣り合わないよ」


「だからさ、そんなの涼奈の決めつけじゃん。誰もそんなこと思わないって」


 ……いや、それはあまりに凛莉ちゃんが楽観的すぎる。


 集団生活はそんな単純じゃない。


 皆が何となく自分のポジションを把握していて、その位置を弁えて行動するのだ。


 多少の範囲を上下することは有り得る。それは普通のことだ。


 でも底辺がいきなり頂上に行くことは許されない。


 だって実力が伴っていないから。


 分不相応の立ち振る舞いは、調子に乗っていると弾かれるのが世の常だ。


「……凛莉ちゃんには分かんないんだよ。わたしみたいな陰キャのことは」


 分かってくれとも思ってないし、分かる必要があるとも思ってない。


 下の人が上の人の気持ちが分からないように、上の人も下の人の気持ちは分からない。


 だから、この状況は自然なこと。


 凛莉ちゃんが悪いんじゃない。


 凛莉ちゃんと釣り合わないのに、のうのうと隣にいるわたしが悪いのだ。


「……あったまきた」


「……え?」


 けれど、どうしてか彼女はそれを認めようとしない。


「涼奈がそういうつもりなら、わたしも考えがあるんだからねっ!」


 そういう凛莉ちゃんの瞳はなぜかメラメラと燃えていた。


 

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