【人格渦】

文屋治

 これより読者の皆様にお読み頂く物語は今より遠い昔、帝都にて、まるで魚船を飲み込む渦潮の様に激しく、深く…言葉にし難い泥々としたなまめかしい感情にせられた、混沌を抱えし男と相棒の少女の探偵物語であります。しかし、この物語をお読み頂く前に、読者の皆様には、繰り広げられる物語の背景について少々お話ししておかなければなりません。

 数えきれぬ程の民達は貧困層、富裕層を問わず皆一様にして何かしら、心躍らす魔性の快楽にえ、時代の変化と共に加速してゆく発展と息苦しい世情に嫌と言う程満たされておりました。そして、それ故、彼らは…難事件の真相を見破り、悪を正義の名の元へと導く正体不明の名探偵を英雄と称し、さながら悪魔の所業の如く、無差別殺人を繰り返す正体不明の快楽殺人鬼を怪人と称し、祭事の様に持てはやし、愉快に生命いのちの遊戯を興じているのであります。

 帝都とは一種のロマンスに憧れ、それを渇望する者達の住まう異色の都なのです。

 また、一重に『ロマンス』と申しましても、それには様々な意が込められております。仮令たとえば、「不定形でありながらも美しい恋の物語。もしくは、それを巡ったおぞましい事件」や「放浪楽人の思いつきや感じたままを詩にした抒情的じょじょうてきな曲」等がそれに該当致します。当探偵物語には、前者の意が根幹に潜み、推理小説となりえる程の大渦を巻き起こしているのです。

 さて、少々と申し上げておきながらも長々とお話ししてしまいました。そろそろ、読者の皆様も待ちくたびれてしまった事でしょう。それでは、これより、探偵小説【人格渦】の開幕です。




〔補、1〕難読と思われる言葉にのみ、ルビを振るものとする。

〔補、2〕物語中で用いられる金銭価値は現代(令和)と同じものとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る