木曜日

次の日、私はいつも通り登校していた。

高木さんは翔先生の妹だということが分かり、終始私は上機嫌だった。

この日、翔先生は、私のクラス担当だったらしく、教室で授業をしてくれた。

担任教師に見守れらながら、たどたどしく授業をする先生の姿は何だか愛らしく、愛おしかった。

黒板に書かれた問題に答える時、私が手を上げているのを見て、先生が私を当ててくれた。

そっけなく「黒崎さん」って呼ばれたけれど、心の中では花ちゃんって呼んでいたに違いなかった。

お昼休みの時、高木さんと二人でどこかに行っていたけれど、何も心配することはなかった。

二人は異父兄妹であり、血のつながった家族なのだから、きっと家族として接しているに違いないと私は思った。

授業が終わり、 放課後。

私はいつものように、学校の屋上へ続く扉を開けた。

「っ…、どうして…」

私は思わず本音を口にする。

今日も屋上に翔先生の姿はなかった。

忙しいから? それとも、 私に会いたくないから? 何か、嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない。

それでも、思い当たることなんて何もなかった。

考えをめぐらせても、答えは出ないまま、気付けば夕日は沈みかかっていた。

「帰ろう…」

屋上の扉を開けた、その時、階段の下から声が聞こえた。

聞き覚えのある男女の声…。

その声は翔先生と高木さんの声に違いなかった。

私は急いで引き返し、屋上の裏手にまわった。

そして、二人にみつからないよう、物陰に身を潜めた。

しばらくして、 屋上の扉が開き、二人が屋上に足を踏み入れていく。

近くにいるからなのか、高木さんの声が私の耳の中に入ってきた。

「ねぇ、先生…。ここで秘密のお話しよう?」

せんせい? 高木さんは翔先生のことを翔お兄ちゃんと呼んでいるはず…、

それなのに、どういうことだろうと私は息を呑む。

「何を話すんだ?あんまり帰りが遅いと、親御さんが心配するぞ」

「平気。私の親、海外で仕事してるから、家に帰ってこないし」

「ひとり暮らしなのか?兄弟は?」

「いない。わたし一人っ子だもん」

先生と高木さんは兄妹なんかじゃない、 彼女は嘘をついてる…。

私は自分が騙されていたという事を知り、下唇をかんだ。

「まだ学生なのに、家に帰っても誰もいないなんて、寂しいだろう」

「うん、寂しいよ。だから、うちにきて…」

「それはできない。変に誤解されても 困るし、なにより、教師になる者として…」 「黒崎さんには言い寄ったくせに!」

「っ…」

私の心臓がはねる。

どうして、彼女がそれを知っているのだろう。

まさか…。

「なにを言って…」

先生の声が震えている。

屋上で私と二人きりで話していたこと…。

先生にとって、それは 知られたくないことなのかもしれない。

「とぼけないでよ!扉の隙間から二人を見てたんだから!」

「…あれは言い寄っていたんじゃない…、あの時は、その…」

「何?覚えてないの?」

物陰の隙間からのぞきこみ、 二人の様子をみる。

高木さんは興奮しているのか、 顔を赤らめ、先生の肩を両手でゆさぶっていた。 「きゃっ…」

高木さんが小さく悲鳴をあげた。

先生が高木さんの肩をつかみ、 近くにあったフェンスへと彼女を押し付けた。

フェンスが倒れてしまったら、二人とも下に落ちてしまうかもしれない。

私は先生を止めるべきなのかどうか悩んだ。

「お前さぁ、自分がちょっと可愛いからって、何でも手に入ると思ってるだろ?」 翔先生の声。

優しかった彼の声がまるで別人のようにきこえた。

「やっぱり…。私が思った通り、 あなたは二重人格者…。そうでしょ?」

「だったら何だ?それを他の奴らに話すか?お前みたいな素行の悪い奴の話を誰が信じると思う?」

私は震える手で携帯をとりだし、ボイスレコーダー画面の録音ボタンを押した。 「私は…、話したりしない。言ったでしょ?秘密の話をしようって…。 だから、これは、二人だけの秘密にする…」

「…そうか」

「っ…、先生…」

先生が高木さんを抱きしめた。

彼女は抵抗することなく、それを受け入れているように見えた。

もしかしたら、 高木さんが好きなのは、口の悪い方の先生なのかもしれない。

高木さんが先生の腰に手をまわそうとした、 その時、先生が彼女から手を離し、 両手で頭をかかえた。

長い沈黙。

しばらくして、先生が顔を上げた。

「…ごめん、麗奈ちゃん。僕は君にひどいことを…」

着衣が乱れた高木さんを見て察したのか、先生が高木さんに向かって頭を下げた。

「…先生。黒崎さんに言い寄ったなんて馬鹿なこと言って、ごめんなさい…」

高木さんが肩を震わせうつむいた。

彼女から距離をとり、先生が口を開く。

「君は何も悪くない。その…、全部、僕が悪いんだ」

先生は適当に話を合わせているようにみえた。

私は自分自身に疑問をなげかける。

屋上で私と会っていたのは、本当の先生なのか、別人格の先生なのか…。

屋上で会っていたのが別人格の方だとしても、 私には先生が優しい人を演じているようには見えなかった。

ぼんやりとした夕日の明かりが照らす中、

先生と高木さんが屋上から去っていく。

私は胸を撫で下ろし、携帯の画面に表示されたボイスレコーダーの録音停止ボタンをタップした。

二人がいなくなったのを確認し、私はその場から離れることにした。

先生の秘密を知ってしまった私の体は震えていた。

その震えは家に帰るまで続いた。


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