ある日私は、

宇田川ルキ

3月7日

目を覚ますと喉がカラカラだった。別にそれは不思議なことではない。乾燥して喉が渇いただけかもしれない。だが、今日は違った。カラカラ。表現が微妙だったと思う。正確に言えば、今すぐに死んでしまうようなそんなのどの渇きだ。金魚でいう、水道水で飼われている状態。吸血鬼でいう、血が飲みたくなる衝動。まあ、吸血鬼は血が飲めないからと言って死ぬわけではないのだがな。


とりあえず、水を飲もうと起き上がろうとしたのだがなぜだろう。起き上がれない。別に僕は起立性調節障害でもないし、低血圧でもない。果たして僕の体はどうなっているのか解剖してほしいところだ。何度試しても結果は同じで、それどころか喉の渇きが一層激しくなるばかりだ。


すると突然、携帯の着信音が鳴る。よく聞く音なはずなのに、コールする度だんだんと音が大きくなる。止めようとしても、少し遠い場所にあるため、なかなか手が届かない。いや、ちょっと待てよ。僕の腕はこんなに短かっただろうか。人間の腕って短くても、布団から数十センチは届くはずだ。だが、僕のは数センチも届いていない。なぜだ。そんなのおかしい。おかしすぎる。しかし、この段々と大きくなっていく音を止めないと、耳すらもおかしくなってしまいそうだ。ああ、いったい僕はどうなってしまったのだろう。


ドンドンドン。コール音が鳴りやんだと思ったら、次はドアのノック音が鳴った。きっと、着信を止めなかったから家族が心配もしくは怒っているのだろう。僕としては、前者であってほしいが、何かと口うるさい母親や昨日帰ってきた僕を嫌う姉や年頃の妹しかいないのだから怒っているのかもしれない。

「お兄ちゃん、電話の音うるさい。こんなので起きないとか頭おかしい。それで起こされた私の身にもなってよ。今日日曜だからもっと寝ていたかったのに」

妹は、ドアをドンと一発、とても大きい足で蹴ったかのような音を出す。相当怒らせてしまったようだ。確かに、朝8時に電話なって止めない僕も悪いな。それにしても、日曜の朝8時に電話してくる奴もどうかしているかもしれない。



また僕は、起き上がろうと苦戦していると、やっと掛布団がはがれるようになった。やったと思ったのもつかの間、この世で一番の衝撃を受ける。そう、本当にこんなことが現実に起こるのかと思えるくらいの衝撃。もしこれが僕の運命だとしたら、すぐに死んでしまいたいくらいだ。


僕の体は、輝いていた。人間では到底あり得ない。僕の体は、いつもより小さかった。僕は身長170センチこえているのに、4分の1にもないくらい。僕の体は、鱗のような模様があった。僕は別にタトゥーなんてしていない平凡な青年なのだから当たり前だ。そして、僕の体は、肌色ではなく赤色だった。そう、まるで鯛のような色をしている。いや、もしかしたら本当に鯛なのかもしれない。こんな時に鯛になってああ、めでたいとか思った僕は殴れるくらいなら頭を殴りたい。


そんなわけで僕は、今日起きたら魚になっていた。そして悟った。僕は家族に殺されると。なにせ、刺身好きな昨日東京から帰ってきた姉がいるのだから。また、もし父親が帰ってきたら、簡単に捌かれてしまうだろう。何せよく釣った魚を捌いてふるまってくれていたのだから。今日もきっと朝早くから釣りに出ているんだろうなと想像できる。


ああ、これが夢ならどれほどよかったか。かの有名な歌詞をパクったつもりはないが

そう思えてきてしまう現実がそこにある。僕の命日は、3月7日。魚の日である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る