大口羽白アイランド
荒弥タマキ
1日目 ①
「おいおい市長さん、そりゃ正気かぁ!?」
「なんでよりによって祠の近くなんだよ」
「テミニカ様がお怒りになるぞ」
「そうだそうだ!」
「ただでさえ最近は若ぇ女がいねえから捧げ物が用意できてねえってのに」
『大口羽白(オオクチハシ)島』
亜熱帯気候による豊かな自然と、それによる独特な生態系が特徴。
この島の豊かな自然は『テミニカ様』と呼ばれる土着神によるものだと伝えられている。この島ではテミニカ様に若い女を捧げるという因習があった。しかし、近年は人口減少が著しく、島で女の子を産んだ家は逃げるように島を出ていくという。ここ20年は新しい捧げ物を用意できていない。
この島ではリゾート開発を進める計画が進んでいたが、『テミニカ様』を祀る祠の近くにショッピングモールを建てることに、島民から反対の声が上がっている。
「皆さん、落ち着いてください。祠の近くに建設するのには理由があるんです。
悪い話ではない、まずはこれに目を通していただいて──」
そう言って市長が取り出した計画書の表紙には
「大口羽白トロピカル・アイランド計画」と書かれていた。
********************
私の名前は
両親と弟と4人で大口羽白島に家族旅行に来ている。
綺麗な砂浜、大きな果樹園、ダイビングなどが楽しめるリゾート地だ。
4年前にホテルや大きなショッピングモールが出来て、観光客が増えて大人気になった。今では『日本のトロピカル・アイランド』なんて呼ばれてるらしい。
大口羽白島は弟のショウが大好きな戦隊シリーズ『アバズレンジャー』の劇場版のロケ地。タイトルはたしか……
『アバズレンジャーvsトロピカル男爵~南の島の因習大激戦~』
当初は本物のトロピカル・アイランドで撮影しようとしたけど、機材トラブルが相次いで急遽ロケ地を変更したって噂。
今回の旅の目的は、映画のロケ地の観光。いわゆる聖地巡礼ってやつだ。
ショウも小3だってのに戦隊モノなんか見ちゃって、そろそろ卒業して欲しいと思ってた。でもショウがピンクと私が似てるって言うから、一緒に観てるうちに私もハマっちゃった。人のこと言えないや。
私たちは今、大口羽白島行きのフェリーのデッキの上で風にあたっている。ママは船酔いで潰れてるけど。
グアッ、グアー
島に近づくにつれ、なんだか低い音が聞こえる。
「あっ、でっかい鳥だー」
ショウが指さす方向に大きな鳥の群れが見える。まるで私たちを出迎えてくれているみたい。
「あれはペリカンだな。この付近に生息しているペリカンはツカイノオオシロペリカンといって、天然記念物に指定されているそうだ、大口羽白っていう名前もクチバシが大きくて羽が白いペリカンから来てるらしい」
「へえ~」
パパの話を流しながらぼんやりとペリカンを眺めていると、ショウが服を引っ張ってきた。
「姉ちゃん、ペリカンに手ふってみて、返事してくれるよ!」
と嬉しそうにかわいいことを言ってきた。ショウは小3なのにいまだに私にくっついてくる、本当に小3なのか怪しくなってきた。まあ、かわいいからいいけど。
ショウがペリカンに手をふると、羽を広げてグアーッ、グアーッと、さっきより大きな声で鳴いた。私もやってみようと手をふる。一瞬ペリカンと目があった気がした。すると
グァァァァァァァァァァァアアアッッッッ!!!!!
グァガァガァガアアアアアアグアアアアッッッッ!!!!!
突然ペリカン達が騒ぎ始め、バサバサとどこかへ飛んで行ってしまった。
「えっ、なっなんで!?」
「あーあ、姉ちゃんペリカン怒らせちゃった」
何か気に障ったのかな......でも手ふっただけだし
「ペリカンはこの島では神の使いと言われているそうだ、あんま怒らせるなよ」
もう蘊蓄はいいって。
そうこうしてるうちに港が見えてきた。
「もうそろそろ着くぞ、ママ起こしてきてくれ」
「はーい」
ママは船の中で横になってグロッキー状態だ
「ママ、着いたよ、起きて」
「うーん、やっと着いた」
**
私たちは船を降りて、民宿に向かっていた。
「ホテルがよかったなぁ、人の家に泊まるなんて嫌だよお」
「わがまま言うんじゃない、この時期は人気だからホテルは予約でいっぱいなんだよ、この民宿もキャンセル待ちだったんだぞ。」
さすが夏休みのリゾート地、でも、多少はアバズレンジャーの影響もありそう。
船でも聖地巡礼目当ての人をちらほら見かけた。そしてショウは初めての民宿に抵抗があるようだ。私は中学の修学旅行で泊まったけど、案外悪くなかったよ。
民宿につくと70代くらいの老夫婦が出迎えてくれた。
「浜崎サチコっていいます、狭いけどゆっくりしていってね。こっちは主人のヒロシです」
「よろしく......」
サチコさんは優しい声をしていた、ヒロシさんは寡黙だ。
サチコさんは狭いと言っていたけど、家の中は結構広かった。古いけど風情があるというか
「囲炉裏なんてあるんだ......」
「今はめんどうで使っとらんけどねぇ......」
少し奥の和室に通された。畳10枚くらいの広さ、紺色と茶色の大きな水玉模様の襖、四角い時計。ここが私たちの使っていい部屋だけど......始めて見た気がしない。ショウも不思議そうに部屋を見渡している。
「この部屋はねぇ......なんだっけかな、なんとか......レンジャーの」
「アバズレンジャー?」
「そうそう、アバズレンジャー。ちょうどこの部屋で撮影しとったんよ」
なるほど、道理で見覚えがあるわけだ。ここはアバズレンジャーの5人が作戦会議をしていた部屋だ。多少物や配置が変わっているけど、なんとなく同じ雰囲気を感じる。
「すごいっ!アバズレンジャーここにいたんだ!」
さっきまで嫌がっていたショウのテンションが露骨に上がっている。かわいいヤツめ
「おや」
「?」
サチコさんがじっとこっちを見つめてくる。
「な、何かついてますか?」
「お嬢さん、去年もここに来てなかったかい?」
「いえ......今日が初めて......ですけど......」
......
「そうかい......悪いね、変なこと聞いて」
「いえいえ」
ピンク役の人と間違えているのだろうか。やっぱり似てるのかな、私とアバズレピンク。女優さんの名前は知らないけど、結構美人だったから悪い気はしなかった。
「晩御飯はちょっと遅め、8時くらいでいいかい?夫が魚釣ってくるよ。アレルギーとか大丈夫?」
「大丈夫です、ありがとうございます。ところでヒロシさん釣りされるんですね」
「まあ、釣りくらいしかやることねえしなぁ」
「僕も釣りが趣味でして」
パパがヒロシさんにグイグイ行くのを横目に海に行く準備を進めていた。
今日はビーチで遊んで果樹園に行く。本格的な聖地巡礼は明日から。
「さぁ、コンプリートだ」
ショウがアバズレブルーの決めゼリフを真似をしている。一番好きなキャラらしい。
「カードは置いていきなさい、無くしちゃうでしょ」
「えー、でも海で使ってたもん」
「ダメです、今日は人いっぱいいるから」
「えー」
アバズレブルーはカードに武器を収納して戦う、全ての武器を使う際にさっきのセリフを言うのだ。映画ではサメの怪人に使っていて、ショウはどうやらそれを再現したいらしい。
「ショウ、明日の朝にしよっか。お姉ちゃんが写真撮ってあげるから」
「わかった、約束ね」
「うん」
おそらく早朝ならそんなに人はいないだろう。わがままな弟を持つと大変だ、世話が焼ける。
**
私たちはビーチに来ていた、パパとママはシートでゆっくりしている。私とショウは海で一通り泳いだ後、海の家で昼ごはんを買いにきていた。しかしやっぱり人が多い。家族連れやカップル、いろんな人が来ている。そう、ナンパも
「なぁ、そこのかわいいお姉さん、今一人?」
「俺たちも、野郎だらけで寂しくてさー」
グラサンと金髪に焼けた肌、いかにもって感じのヤツだ。適当に流すか
「あのー、私 「姉ちゃんはあげないよ!」
驚いた。ショウが突然割って入ってきたのだ。
ショウはそんなに気が強いわけでもないのに、しかもあんなヤンキーに向かって。
「私たち、家族で来てるんで」
「ちぇっ、しゃーねーか、ボウズ!楽しんで来いよ」
「そっかー家族旅行かー、邪魔して悪いね」
食い下がってくるかと思ったけど、ナンパはあっさり引いていった。
「ショウ、守ってくれたんだ」
「べっ別に、そんなんじゃないし」
ショウの顔が赤くなっている。
「ありあがとね」
「昼ごはん食べに行こーっと」
ショウは逃げるようにパパ達がいるシートの方に向かっていった。少し照れくさそうにしていたけど、さっきのショウはちょっとカッコよかった。
昼食を食べ終わって、しばらく砂遊びをした後、海が綺麗だったので人が少ない場所に行って写真を撮っていた。
「ショウ、そこの岩に乗って」
「こう?」
ショウに指示を出しながら、スマホを構える。
すると突然
バサアッッ
「きゃあっ」
後ろから何かが襲ってきた。あれは、ペリカン?
「姉ちゃん!大丈夫?」
「......うん、大丈夫だけど」
手に持っていたスマホが無い。落としたと思い下を見るも、そこにも無かった。
ペリカンに奪われたのだ。
「待てーっ!」
「あっ、ちょっとショウ、待って!遠くにいっちゃ」
ショウがペリカンがいる方向へ走りだした。遠くに行きすぎるのは危険だ。
スマホはもう諦めていたが、ショウが行ってしまったので追いかけることにした。
ビーチから少し離れた場所まで来てしまっていた。周りには誰もいない。
「姉ちゃん、あれ」
ショウが指刺す方向には岩に囲まれている洞窟があった。ペリカンが入っていくのを見たという。入口には黄色のロープが張っている。立ち入り禁止のようだ。
だけどこの場所......
「あっ」
入口の前には私のスマホが落ちてあった、画面がバキバキに割れているけど戻ってきただけマシだ。
「ねえ、中入ってみようよ」
ショウはそう言いだし洞窟の中に入っていく。
「危ないよ!戻ってきなさい」
私の言葉を無視してショウは進んでいく。とうとう見えなくなってしまった。
仕方なく私も洞窟に入ることにした。
洞窟の中はところどころ上に穴が開いていて、太陽の光が差し込んで案外明るかった。中は一本道のようだ、この先にショウがいる。でも、立ち入り禁止ってことは落石とかがあるかもしれない。私は足早に洞窟を進む。
「姉ちゃーん」
ショウが手をふっているのが見えた。どうやら行き止まりみたいだ。
私は走ってショウのもとに向かった。
「こらっ!!ショ......ウ......」
洞窟の奥は少し広くなっている。天井からは太陽の光が差し込んで一点を照らす。
あまりにも神秘的な景色に、私は目を奪われ、怒りの声がトーンダウンしていく。
これは......祠?
あっ、そうだ、この洞窟。見覚えがあると思っていた。ここも映画のロケ地だ。映画で島の儀式を行う場所として使われていたのを思いだした。
「テ」
「ミ」
「ニ」
「カ」
ショウが壁を見てつぶやく
壁には崩れた文字でテミニカと書かれている。
テミニカ?一体何?
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