第7話 そして、岡山着。

 食堂車に向かう客とそこから出てくる客の合間を縫い、車内販売の女性は愛らしい声を掛けつつ、ワゴンを押して行商人の如く売り歩く。

 その女性の声に誘われてというわけでもないだろうが、あちこちの客が飲食物や土産物を購入している。当時の特別急行列車としては区間的にも距離的にも中途半端な設定ということもあって、満席というほどの客がいるわけでもない。


 隣の茶房の社長は、リクライニングシートに身を任せて仮眠をむさぼっている。

 彼は職業柄喫煙しないが、酒は飲む。だが今日はまだ酒を飲んでいない。帰宅後も幾分仕事があるのかもしれない。

 清美氏は大阪の父の会社に就職後、幾分酒を飲むようになったが、いわゆる酒飲みと言われる人たち程飲むわけではない。たまの機会に付合い程度のもの。酒なら、この数日来飲んでいない。

 眠気はさほどないが、暖房が効いている車内でリクライニングシートを倒せば、いささかうとうとしかけるもの。

 しかし、頭の方はどういうわけか、徐々に冴え出した。


 列車は既に岡山県内に入っている。

 片上鉄道の連絡駅である和気を通過し、吉井川に沿ってひた走る気動車特急は、車内の客らにはその轟音ともいうべきエンジン音をあまり感じさせず、ひたひたと吉井川鉄橋を超え、熊山、万富、さらに瀬戸の各駅を通過していった。


 東岡山駅を通過する少し前、再び、列車内にオルゴールの音が響き渡り、続いて、乗客専務車掌より岡山到着は定刻通りとの案内。

 続いて、乗換案内。

 山陽本線下りの普通列車や急行列車に続き、四国連絡の宇野線、伯備線、津山線、そして吉備線の各列車の接続列車が案内される。


 案内が終わった頃には、列車は現在の高島駅付近を通過していた。

 この後旭川鉄橋を渡り、岡山の市街地を少し走れば、山陽本線最大の乗換駅、岡山である。

「ほな、清美さん、そろそろ岡山ですから」

 東岡山を通過した丁度その頃、有賀社長は清美氏を起こし、降車の準備を促した。

彼らはさほどの荷物を持っていない。清美氏の滞在時に必要なものは、既に岡山駅前の下川書房に送られている。有賀氏は2日程度の出張であったため、さほど多い荷物というわけでもない。

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