第47話 エスケープ 脱出 3

 それは、突然起こった。いきなりダンジョンに地鳴りが響いたと思った時

 ワールドの様相が一層不気味に変異した

 緑の世界は赤へ黒へ変色し絶望の濃度が上がっていく

 今まさに俺は窮地に立たされている。直感で理解した。ここからが本番だと

 モンスターの咆哮が響く。嘶きが絶え間なく続き周囲の怪物は目の色を変え

 凶暴性と獣性が凶化されている。根を足に変え地から引き抜き移動を開始する

 そして同時に、


「ぐっっっ!??」


 体が揺らめく。視界がおぼろげでめまいと吐き気が同時に襲う

 あらゆる状態が混線状態で体が信号を受け付けない。

 ここにある毒が恐ろしい濃度で排出されていると分かった。


 致死量の毒が順次供給されていく。肺は焼けただれ腐っていく。四肢の駆動域が筋肉弛緩と硬直の繰り返しで痙攣している

 これは…不味い


 動けない。動いたら確実に死ぬ。致死を癒す病―ダメージオブランゲージ―を用いても全く緩和されない手心なしの猛毒素がまき散らされ理性がそぎ落とされそうだ

 デバフに凶化が新たに付与されたらしい。そしてそのまま本能のまま動けば死ぬ

 一歩も動けない。だが動くことを強いられている。そして抗えない


 胡乱と散漫に満ちた思考を一工程行い回顧する。そして集約。帰結に至る

 やることは一つ

 一歩、死へ踏み込んだ。挙動はポーションを上に投げて体に浴びる


 HP回復。それを順次行いあらゆる死の要因を回避する持久戦

 起死退転とアベレージ2総てを用いて挑まなければここで終わってしまう


 焦燥はない。だってそうだ。これはいつもの事。いつもダンジョンで味わっている苦境に過ぎない


 生き残る。俺にはそれしか能がない。だからいつも通り俺は


「生きて帰るさ。突破してやるよ…!」


 逆境を熱意に変え気炎を上げる。魔素洞調律シンクロニシティ忘我

 呼吸が荒げ普段押さえていた獣が今ぞ牙をむく


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 ――――――――――

 ―――――


 雰囲気が変わった。そして監視モニターの彼のステータスを確認する

 不明項目もあるがある程度彼のスキルや能力は観察眼スキルを搭載した魔道具で観測済みだ。だからこそ異常というべき状況を容易に把握できた


「…魔素洞調律シンクロニシティの上昇…?いえ、ですが。これは…!」


 驚嘆すべき事実だ。

 漸次上昇していく魔素洞調律シンクロニシティが異常なレベルで活性化している。


 まるで上限がなく限界がない様に肉体という器を持ちながら底がないバケツの様に横溢する魔素に際限がない。

 ありえない。と工藤シオンは思った。


 トップランカー1位の笠井ですらここまでの魔素洞調律シンクロニシティは発揮できない。

 いくら彼が超人じみていても限界は必ず存在する。肉体という器がある限り。

 いや器があるからこそ魔素を滞留させることが可能なのだ。なのに鹿目雄一はというと

 魔素の上昇率が異常であり振れ幅一つで体が自壊する魔素の顫動を一身に受けている。


 そしてそれが随時限界以上に上昇しそのまま爆発してもおかしくはない

 だがそんな事態は全く起きていない。体が魔素で出来ているような順応性が完全にコントロールを掌握している。


 こんな芸当ができるのはモンスターくらいで

 モンスターにもこのような芸当は不可能だ。

 彼らもまた肉体という限界を持つ故に


 だからこそ説明できるとすれば肉体という器に

 底というものが存在しない虚無ヴォイドだが肉体があるという矛盾。


 それを打破する様に彼はありえない、法則性を無視した現実を体現している

 まるで、これは…女神の言っていた存在。魔王そのものではないか


 ――――――――――

 ――――――――

 ――


 呼気が荒げる。魔素洞調律シンクロニシティの弊害だ

 これを抑えるために神楽を購入したというのに

 またこの状態になるとは夢にも思っていなかった


 奔出する魔素は毒素を極力まで薄め希釈する。

 状態異常の問題は解決。解毒薬の問題はなくなった


 だがこのまま持続すれば爆発する。俺が俺じゃなくなる

 解毒薬を探して作っている暇などない

 故に理性があるうちに決着をつけなければいけない。


 軽くなった体で全速力で駆け抜ける。行きがけにいたモンスターを嵐のように切り払いながらただ一点。まっすぐにあの門番が守っているポータルへ駆け抜ける


 ――――――――――――――――――――――


 そして案の定奴自身も狂暴化していた。

 すでに対話の余地はなく赤いオーラを纏いながら視界に移る者総てを喰らいつくす悪鬼となっている


「お前とは、戦いたくないんだけどな」

『GAGGAGAGGAGAGAAAAAAAAAAAAAAGGGGGGGッッッっ!!!!!!!!!』


 できれば殺したくはない。親切してもらった礼がある。

 だから…


「お前はスルー」

『GGGGGGGG・・・・・・!!!!』


 突き抜けていく無数の触手の刺突に対し位相をポータルに見据え

 腕を十字にし移動。攻撃を突破しそのまま移動…。出来なかった


「ポータルが起動してない!?」

『GAAAAAAAAAAGGGGGGGGGGAGAGAAAAAAAッッ!!!!!!』


 隙が出来てしまった。意識をポータルに向けていた為に攻撃も回避も廻らなかった


 狂ったように嘶くモンスターの不意を突かれ無防備な横腹を横殴りに叩きつけられる。


「がぐっ!!!??」


 防具もなしにレベル80相当の怪物の攻撃を受け即死。それを


 起死退転自動発動。HP1残し蘇生する。そして致死を癒す病―ダメージオブランゲージ―を最大限発揮できる状況になった。防御力はあったにせよ防具なしでは裸同然。即死は必定。それは分かっていた。

 だが…


「・・・・・・・・・・・・」

『GAAAGGGGGGGGGGG』


 陰府死慄シェオル・マーダークルだったか。あれも使うこともできた

 このまま奴の中核部分まで移動し刃を突き立てれば終わりだ


 つまりどちらにせよこいつを倒すことは出来た。

 一撃必殺のスキル二つを用いることで斃死させることができるのだ

 後は攻撃を回避しつつ懐に入る事だがそれは十方纏綿クロスロードでたやすく踏破できる。それでも…


「…なーんか、ヤだな。お前倒すの」

『GGGGGGGGGGGGG!!!!』


 優しさとか慈悲とかじゃない。ただ今のコイツは冷静さを失っている

 正気の時なら正々堂々戦っていただろう。「なかなかやるじゃん」とか「良い戦いだったぜ」的な事思ったり言ったりとか


 だが今のコイツはさっきまでの奴ではない。理性を何かで奪われている

 倒すにしてもそれは正気の場合のみでナンセンス。知らない何かに操られて知らずに死ぬなんて俺だったら嫌だ。


 ―気づかずシンパシーめいたものを感じていたのかもしれない。

 奴は今の俺の状態と似ている。俺ではない何かに囚われて望まない戦いを強いられている。


 打開策は他にもあるはず。こいつを治す方法。治す…


「解毒薬か…!」


 状態異常を総て治すポーション。雰囲気が変わる前のダンジョンでの状態異常を治すもので今の状態を治すに至るかは不明だが

 試す価値はある。少しでも回復する見込みがあるならそれに賭けてみたい


 我ながら阿呆だろうとわかっている。

 たかがモンスター。ダンジョン内ならば何らかの作用で復活するであろう怪物を

 わざわざ命を賭けてまで助けようとするなんて


 …ちょっとしたケジメってやつだ。俺は異世界に行って魔王を倒す

 だがそれですべて丸く収まるかと言われれば違うだろう


 魔蝕病が治らない可能性。治ってもダンジョン総てがなくなり興亡する世界

 最悪。倒しても魔蝕病も治らずダンジョンが消滅する事態だってありうる

 保証なんてどこにもないし倒す理由も可能性が望み薄だ

 それでも倒しに行く理由は簡単だ。


【心の決着をつける】


 ただそれだけの為に自分の個人的な自己満足の為だけに俺は魔王を倒したい

 例え魔蝕病が治らなくてもダンジョンが消滅することになろうとも

 たったそれだけの為に俺は生きている。


 魔素が放出されたあの時から両親が魔蝕病に侵されてから

 俺の中によどみが出来ていた。その澱の原因が魔王だ。


 アイツさえいなければこんなことにならなかったし

 アイツのおかげで文明は発達している。


 そんな憎悪と感謝が混ざり合い複雑になった俺自身を解消するために

 俺は魔王を討ち取る。


 両親の敵とかそういうのではない。いや、それもかなり含んでいるが

 おおよその理由は俺自身の問題を解決するため。

 その為に俺は世界を壊そうとしている。


 だからこいつを助ける理由だって大したものではない。せめて元に戻ってから戦おう

 それだけの理由で。解毒薬の材料がある場所まで移動する


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 今の俺はいかなる相手でも一撃で屠ることができる。

 目印となった場所まで転移し不意を突くように回り込み切り伏せる

 レベル70オーバーのモンスターを屠りつつあくまで冷静さを失わない様にクールダウンを施しながら


 荒げる呼吸を落ち着かせる。

 魔素がどんどん膨れ上がっている。魔素が加速的に骨肉に浸透していく

 せりあがる狂奔の牙を抑えつつ自我をもって魔素の喚起を抑えていく


 魔素洞調律シンクロニシティが上がるのは戦闘においてが最も顕著だ

 俺の激情もあるが戦闘本能そのものが魔素を刺激していると把握している

 だからこそ適度に休み抑制すれば魔素洞調律シンクロニシティの暴走は起こらない。


 ただここは強敵が多すぎる。強さの色香に誘われて俺の闘争意識が強くなっていく

 それから逃げるように集めた材料を家に持って行き解毒薬の完成を急ぐ



 ―――――――――――――――――――――――――


 解毒薬完成。大釜に千切りにした材料をすりおろしたものを入れて

 不純物を捨ててろ過器に入れ成分を抽出するという簡易的なものだった

 透き通るブルーの解毒薬を試験管に入れ


 家を出た瞬間襲い掛かるアイツに向けて試験管ごと投げつけて薬品を浴びせる

 パキンとガラスが飛び散り破裂。中の薬品がモンスターの頭部に覆いかぶさる


『G。…GAAAAAAAAAAAAAAAGGGGGGGGAGGAGッッ!!!!!!!!!』


 絶叫を上げて悶える様子を見て効果があると確信。

 よし。とガッツポーズを構える

 家がまだセーフハウス機能を失っていなくて助かった。

 あの家がなければ薬品は作れない


 そして狂暴化が解けたようで先ほどの狂気を感じられなくなり


『GURRRRRRRR???』


 何が起こったか分からず首をかしげている。正気に戻ったらしい

 それに向けて俺の存在を知らせるために闘志を叩き込む

 これでようやく正々堂々だ


「じゃ、死合おうぜ。どっちにしろお前倒さねーとポータル起動しないっぽいからな」

『GURRRRRRRR…』


 互いに睨み闘争心を互いにぶつけ合い伯仲する。

 先手後手の有利不利を無視し先に踏み込む。その先で唐突に


「はい。そこまでです。よく頑張りましたわね鹿目雄一さん」


 突如としてどこからか工藤シオンさんが割って入った


「工藤さん…」


「シオンでいいですわよ。気に入った相手にはそう呼ばせていますの。

 百点満点。合格ですわ雄一さん。貴方を上位ランカー総括部隊『リジェクト』への加入を受諾します」


「え?え???」


 全く話が見えない。何の話かとアイツにアイコンタクトしてみるも再び首をかしげる

 うん。こいつも知らないのね…巻き込まれただけか…ご愁傷様

 俺の当惑を歯牙に欠けず工藤さんは話を進める。後シオンという呼び方はしない

 意地でもだ


「トップランカーは基本ソロでの活動をしています。パーティーは組みません。

 それは単純に必要がないからで単騎で強いのが上位のハンターたるゆえんです

 コバンザメの露払いも兼ねていますが突出した強さを十全に発揮するにはソロが一番適しているからです」


「はあ…」


 それはまあ。知っている。今更だ。トップランカーは誰とも組まない

 一人でパーティーひとつ分かそれ以上の火力と継続力を有しているからだ

 後衛も補助も必要ない。一人で総てこなせるから最強の名をほしいままにしている

 だからこそ。さっきの話と矛盾している。そのリジェクトというのは最強クラスのハンターたちがこぞって徒党を組む。そんなニュアンスを含んでいたからだ。


「今回。新たな敵との遭遇を貴方はしていましたね?

 それらを脅威とみなすのは皆同じです。未知の敵。

 もし彼らに殺されたら蘇生魔法は効くのかどうかなど様々な検証が必要です。

 そして我らトップランカーと呼ばれたハンターも対応できるか不明です。

 いくら強くてもダンジョン以外のモンスターとは我々も戦ったことがありません

 慎重に期し確実に対処する。その上で」


 一拍呼吸を置き手を差し伸べて彼女は俺に向けて


「雄一さん。貴方をリジェクトへの勧誘スカウトが決定しました

 未知との外敵を相手に私たちと共に戦ってくれませんか?」


 前代未聞のトップランカーのパーティー。その一人の枠組みに俺を誘った

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