ルーディ日記3
子守唄“検分”録
「婚約の申し込み、姉さんに……」
「そうだね、今月に入ってもう3件目だねえ」
「あの姉さんに……」
怖いもの知らずって言っていいと思う? ……いいと思う、僕は。
「そう、あの姉さんに。あの子も大きくなったってことだね、エリーも喜んでいるかな?」
のん気だね、お父さんって言っていいと思う? ……いいと思う、僕は。
うちの姉さんは結構もてるらしい。
弟の僕から見たって可愛いし。……中身はあんなだけど。
それでもすっごく優しいし。……嫌いな人間には徹底的に容赦ないけど。
それでもそれがいいって人もいるらしいし。……最近知った言葉によると、被虐趣味ってやつ?
ああ、あとは姉さんが殿下を助ける仕事をしているせいもあるのかも。僕に優しく色々してくれようとする人の中には、そんな感じで姉さんの仕事のこと、あれこれ聞き出そうってする人も結構いるから。
あ、ちなみに引っかからないよ。
『甘い話には裏があるのよ、ただより高いものはないの、ルーディ、用心しなさい』
がたまに家に帰ってきた姉さんの子守唄だったし。
「お父さん、僕ちょっと宮殿に行ってくるね。約束があったんだ」
「ん? ああ、気をつけて行っておいで。ついでに、アンリエッタに1度帰ってくるように伝えてくれるかい? 自分のことは自分で決めさせたいからね」
無理だよ、父さんって言っていいと思う? ……いいと思う、僕は。だって、こればっかりは姉さんの一存で決まる訳ないと思うんだ。
* * *
殿下の部屋の前まで行くと、珍しくそこにいたアゾットさんが、「よお」なんて言いながら、黒光りする分厚い木戸を開けてくれた。
ノックとかしなくていいのかなあ、と思うけど、怒られたことないし、いいのかな?
首をひねりながら、室内に入れば、足元はいつもながらふかふかの絨毯。汚したら弁償とか絶対出来ないよね、と緊張しながら奥に進んでいく。
で、姉さんや僕と同じ色の髪の殿下を発見。って、殿下の部屋なんだから、当たり前なんだけど。
「あの、こんにちは、殿下」
「ああ、ルーディか、今日はどうした?」
斜め後ろからの日差しに全体がキラキラ光って見えるカイエンフォール殿下は、やっぱりすっごく奇麗で格好いい。
「ちょうどいい。少し休憩するから、お茶でも飲んでいくといい」
忙しそうに何かを書いていた手を休めて、目を合わせて笑ってくださるの、お仕事の邪魔して悪かったかなあって思うけど、ちょっと嬉しい。
ベルでマーガレットさんを呼んで、お茶とお菓子の用意を言いつけた後、殿下は応接用のソファーに僕と向かい合って座った。
「ええと、この間お話ししていた件なんですけど……う」
「――どこの誰がなんだって?」
も、ものっすごく剣呑な目になった!と冷や汗を流す。
「え、えと、婚約の申し込みがこっちの紙に、夜会の誘いがこっちに」
僕の差し出した紙を受け取った殿下は、そこに書かれた氏名を見て、にこりと微笑んだ。
「……」
その笑みがやばい(注:姉さん語録)ものであることは、姉さん直伝の子守唄その2『笑いの種類の見分け方――下瞼と目尻を注視しなさい』を知っている僕には、すぐ分かる。
「そういえば、ルーディ」
それでも僕に向けてくださる笑顔は、ちゃんと優しいから好き。
「この間話していた東大陸産の硬鉱石、手に入ったから持って帰るといい」
「東大陸……ひょっとしてハイドランドのですか!?」
「ああ、最近再発見されたそうだな」
「うわあ、ありがとうございますっ」
姉さんに内緒で僕がはまっている鉱物集め。
川や山に自分で採りに行ったり、子守唄その3『子供の武器――“可愛くにっこり!”で世間の荒波を上手に泳ぎなさい!』を駆使して、鉱物商のおじさんにお小遣いの範囲で融通してもらったりしていても中々手が届かないものを、こうして殿下が助けてくださる。
姉さんの子守唄、その4『使えるものはなんでも使いなさい。たとえ落ちてたって拾って使うのよ? いーい? そうして生き残るの!』に従って、打算を元に姉さん情報を殿下に流してる訳じゃないよ。
子守唄その5『世の中はギブ・アンド・テイクよ』とか思って、見返りに鉱物をもらってるわけでもないよ、多分。
「硬鉱石ならうちの国にもあるだろうに」
「同じ鉱物でも少し違うんです、ほら、ちょっと青みがかってる!」
「……同じに見えるが」
「ああ、どうして伝わらないんだろう、観察力不足です、殿下! この間の黄鉄鉱と黄銅鉱の違いだって!」
「……本当、そっくりだな」
「……」
眉を跳ね上げた後、ひどく優しく笑った殿下に、なぜか僕が赤くなった。
殿下が今笑いかけてるの、僕じゃないと思うんだ。
だからなんだ。義兄さんをいずれ持つなら、こういう人がいいって思わない?
あとは……長い物には、ってやつ――。
「ちょっと、カイっ……じゃなかった、殿下っ、ふっざけんじゃないわよ……も違うか、何のつもりですかっ!?」
そこにノックもなしに扉を叩き開いたのは、言うまでもなくうちの姉さん。蹴り開いた、じゃないだけ今日はましなのかも。
ああ、そうか、僕のノックなしの入室ぐらい、大した問題じゃないんですね、殿下。
「……って、あら、やだ、ルーディじゃない」
僕を見つけて、さっきまでの怖い顔を引っ込めて笑ってくれる姉さんはやっぱり好き。
でも――
「今日も可愛いわね、あんただけが私の癒しよ。いらっしゃい、姉さんにぎゅうってさせて」
「……用事はどうした?」
……目が怖いです、殿下。
うん、この視線に晒される度に、巻かれないわけにはいかない、とも思うんだ、僕は。
姉さん、「人はパンのみにいくるものに非ず」って言うけどね、姉さんはそれに、子守唄その6『でも、パンがなきゃ始まんない!』って言うけどね、パン以前に生死に関わる場合だってあるんだよ。
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