第18話 絶頂

一 

 ゴブオがジャネットのお尻をぐにぐにしている頃、アリナはショウと共に過ごしていた。彼に自らの体を触れてもらい、ゴブオがもたらしたあの感覚を忘れようと努めた。しかし忘れられない。むしろ一日経って、あの時の快楽が幾度も心をずきずき刺激し、体までうずく始末である。

 尚のこと忘れなければと恋人のもとを訪れた訳であるが、ショウの愛撫がちっとも気持ちよく感じられない。ただ触れられているだけ。

 あたしの肌、おかしくなったのかな。あたしの乳に顔を埋める彼の後頭部。ほんの前まではとても愛おしかった。耳元を撫でるとこそばゆそうに笑うのがとても好き……だった。欠伸をする、彼は気付きもしない。


 ゴブオは尻尾の揺れる様が正直なのを楽しんでいた。

「尻尾がよく動きますね」

 と彼は言った。

「う、うるさい。黙ってやれ」

 ジャネットは枕に顔を押し付けた。その頬は羞恥に染められ真っ赤である。

 尻尾だけは、どうしようもないんだっ! だからいつもは隠してるのに! というのがその胸中だ。


 解除していた”感度倍増”を再び発動させて、例のように爪を立てる。

「ふぬっ、うぅ」

 枕にあてられてくぐもった声が漏れる。

「ジャネットさん、お顔を見せて下さい。でないと僕が満足できません」


 ああ、くそっ。いらいらする。どうして俺は、こんなちびの言いなりになっているんだ。余裕で殺せるような餓鬼に。そうだ、殺せるんだ。この部屋から出たら。夢だろうがなかろうが、絶対に殺してやる。


 ジャネットはゴブオに従い顔を横に向けた。努めて真顔である。

「ひぎいっ」

 真顔は瞬く間に崩れた。ゴブオが尻尾の付け根を標的に愛撫を始めたのだ。

 ジャネットは顔の横に置いた掌でシーツを例のように掴んだ。

「おっ、くぅ」

 唇閉じてるのに、声が出ちゃうから、悔しい。


 次第次第に、乳房の絶頂とは似て非なる感覚が、ジャネットの尻にも漂った。


「くっ。おい、そのずんずんするの、やめ」

 ジャネットの体は徐々にさらさらした汗を帯びた。足指を開いたり閉じたり、シーツを掴んだり、「ふぬぅっ!」と阿呆らしい鳴き声上げたり、尻尾を愉快に振ったりと、身動きの少ない割には忙しそう。 


 またさっきみたいな感覚が来てしまう。尻尾の奥にある神経がびりびりする。こんなの、初めてだ。びりびりが、胸の時みたいにどんどん全身に流れていく。こうなってはもう駄目なんだ。ほら、もう体じゅうに力が入らない。


「ほおっ、んあんっ!」

 ジャネットは、体をびくっと硬直させ、そして尻から腰をぶるぶる震わせた。

 彼女の頭はもう、「快楽」の文字で溢れて、他には何も侵入する余地がなかった。

 一方ゴブオは、一仕事終えて額を拭っている。何となく、「T」の縦線をめくる。


「ぶしゅう!」

 とゴブオは噴水のごとく鼻血散らして気絶した。


 びらびらしたのが、あったからだ。


 明け方になって目覚めたアリナは、ショウのいびきに嫌気がして自分の部屋へ戻った。すると、床には血だまり、その真ん中にゴブオが倒れている。

「ゴブオちゃん!」


 ゴブオは揺すられつつ、全身を布で拭かれた。何故か彼の血は、刺青のようにその肌に浸透していたので、拭けども拭けども赤いままであった。彼はその日から”地塗れのゴブオ”という通り名が付けられた。最初に殺した人間の返り血が、呪いのように付着したという噂まで回った。


 それから、ゴブオは今日もアリナに修行させられた。貧血と前日の疲労も重なり、修行というより拷問であった。もちろん死にかけたが、頭の片隅にはずっとジャネットの存在があった。殺しには来なかった。単なる夢と片付けたのであろうか。


 修業が終わり、へとへとで宿に帰ると、ジャネットと鉢合わせた。ショウは居ない。ゴブオが「お一人ですか」と尋ねると、ぎょっとした顔を彼に向けて去ってこうとする。


 血塗れの顔が、怖ったのかなとゴブオは思った。


「昨日は、良い夢でしたね」

 とゴブオは思い切って言った。


 ジャネットは踵を返し、ゴブオの襟首掴んで部屋までさらった。アリナはその光景を呆然と眺めていた。


 激しく扉が閉じられ、ゴブオは軽くベッドに放られた。どてん、すぐ起き上がると、汚い部屋である。


「良い夢とはなんだ」ジャネットは問い詰める。

 ゴブオの肌色が半分赤に変色したことは、全く気付いていない。

「ぼ、僕とジャネットさんの夢です。気持ち良い、夢」


 余程のことが無い限り表情を崩さぬジャネットも、流石に驚いた。この如何にも気弱そうなゴブリンは、自分と同じ夢を見ていたと示唆するのである。


「貴様、やはり何か細工していたな」


 鞭、登場。まずい、ゴブオは頭を素早く回転させた。


「僕を殺すつもりですか? そんなことしたらあの夢の音声をショウさんに聞かせますよ」


 聞かせる手段などない。ただの出まかせである。しかしそうでもしないと殺される。死にたくない。あの時、Tバックの向こう側を覗きさえしなければ。失敗した。彼女を完全に犬にできなかった。

 脅迫した以上は、本当にジャネットさんを僕の犬にする必要がある。出来なければ殺される。報復される。そうされないためには僕に屈服させなければならぬ。


 ジャネットは鞭をゴブオの股の間に叩いた。ひゅんと、発生した風がゴブオの股間を吹いた。そして、餓鬼ゴブリンを睨む。


「服を脱いで、下さい」

 とゴブオは言った。強気に行かねばならん。









 


 

 





























 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る