交錯する疑惑
「なんだてめぇ!」
ありきたりな悪態をつくスキンヘッドだが、オルジェントの力が強いのか腕を震わすだけで動かない。
それを見ていた彫り物の男が、手に持っていたカードを老紳士目掛けて飛ばした。
向かってくるカードを右手で律儀に一枚ずつ掴んで、はらりと真下に落とす。
「オルジェントさん!」
「野蛮な声が二階からしましてね、何やら揉め事かと見上げたらリオンくんが居るじゃありませんか。だから私はゴホッ!」
にこやかに話していた彼は咳き込み、その隙に無理やり腕を振って離れたスキンヘッドは、左手をポケットに入れて右手を空間の中に突っ込んだ。
恐らく魔道具を使ったんだろう、次に右手を引いた時には小さな手斧が握られていた。
「タダで済むと思うなよジジイが!」
こいつら正気か? ギルド内で冒険者がこんなことをしたら、本来なら大変な事になるはず。
いや、ガルマさんが居ないからこそこんなことを仕出かすのか。
振り上げた斧を未だ咳き込むオルジェントに向けたのを見て、模造刀を構えた俺は庇うように間に立つ。
「ガキでも容赦はしねえ!」
力任せに振り下ろされた斧を、魔力をこめた剣で迎え撃つ。
鈍い金属音がして、スキンヘッドの一撃をなんとか止めることに成功した。
彼は明らかに驚愕した顔をして、空いた左手で殴り掛かろうとする。
「済まない、君の手を
背後で老紳士がそう呟いて、俺の右側から滑るように現れた彼の掌底がスキンヘッドの顎を撃ち抜く。
がくんと足から力が抜けた男は、垂直に座り込んで白目を向いたまま後ろに倒れた。
「貴様!」
彫り物の男が机を迂回して、その手に持った小さなナイフを老紳士に突きつけようとする。
それに対して一切焦らずに右手を向けて、肘を軸に時計回りに腕を一回転させ、男のナイフをいなしてさらに腕を掴みあげる。
「ぐおっ!」
関節を取られた彼は掴みあげられた方向に身体を動かされ、オルジェントはゆっくりと男の左手からナイフを奪い取る。
一連の動作の鮮やかさに見とれていると、毛むくじゃらの男がボソボソと喋りながら立ち上がり、こちらに両手を向ける。
「やめろ、ここで魔法は」
「アインスファイア!」
彫り物の男が止めるも虚しく、急に大声で叫んだ毛むくじゃらの両手から光が
至近距離のために避けることができないと悟ったが、オルジェントは左手を向けてその身体から強い魔力を巡らせる。
「マウドバブルス」
静かな声ではっきりと唱えた彼は、左手から無数の泡を放つ。それは一見頼りないものだったが、炎に触れた瞬間それを泡があっという間に包み込み、勢いを殺して無力化した。
「まじかよ」
彫り物の男は顔色を青くして、毛むくじゃらは呆然とした様子で力無く両腕を斜めに垂らしている。
「やはり未熟ですね、此処で
どこから会話を聞いていたのか、俺が言った台詞を繰り返した老紳士だったが、相手二人は反論せず、気まずそうに俯く。
オルジェントは突き飛ばすように右手を離し、よろけた彫り物の男が落下防止の柵に寄りかかる。
本来ならギルド員が駆けつけるんじゃないかと冷や冷やしていたが、誰一人として
「大丈夫ですか、リオンくん」
打って変わって顔を綻ばせる老紳士は、埃を払うような手振りをしてこちらを見下ろす。
「ありがとうございます」
「ところで、君たちはどうして揉めたのかね?」
事の発端を彼に告げると、「なるほど」と
「ガルマさんなら、見ましたよ。少女を連れて朝早くから出ていきましたとも」
「本当ですか!」
思わぬ目撃者に、俺は声を弾ませる。そういえば、彼は階段の方を向いて座っていたんだ、目撃しててもおかしくはない。
「ですが、少し様子が変でしたねえ。なにやら慌てていました」
続けた老紳士の話に、嫌な想像を膨らませる。
とにかく、目撃例があったからにはレタリーに知らせないと。
「おい」
柵にもたれかかっていた彫り物の男が呼び止める。
「なんですか」
出鼻をくじかれた苛立ちについ冷たく言い放ってしまうが、彼は眉尻を下げて申し訳なさそうな顔で口を開く。
「俺たちも、見たぜ。ガルマさんが血相を変えて出ていくところを。誰かの名前を呼びながら一人で階段を降りてったよ」
あれ、オルジェントさんの話と違う。こいつの話だと、ガルマさんは一人で出ていったことになる。
俺は老紳士の顔を見上げるが、彼は笑みを張り付かせたまま何も語らない。
「分かりました、ありがとうございます」
襲ってきたとはいえ情報をくれたんだ。俺は頭を下げて、階段へと走った。
オルジェントが付いてくる気配は無く、先程の話の食い違いが引っかかったままレタリーを探す。
「すみません、レタリーさんを見ませんでしたか?」
青の受付に居たお姉さんに伺うと、彼女は不思議そうな顔でこちらを見下ろした。
「レタリー、ってどなたですか?」
えっ、どういう事だ?
「あの、ギルドの人と同じ格好をした桃色の髪の女の人ですけど、話しかけられたりしませんでした?」
「そういえば、そんな容姿の女性が階段から降りたと思ったら、そのまま外に行かれましたわ。それよりも、二階でなにか騒ぎがあったようですけど、何が起こったんです?」
おかしい、何故レタリーは外へ行ったんだ。ギルド員に聞き込みをするんじゃなかったのか。
「ありがとうございました!」
「えっ、ちょっと」
女性の声を振り切って、俺は入り口の扉を乱暴に開いた。
外に出て辺りを見渡すが、レタリーの姿は無い。まさか、彼女が黒幕? それとも受付の人が嘘をついている? そもそも真実はなんだ?
考え事で完全に足が止まり、無意味な時間が過ぎていく。このままでは何も分からない。
「リオンくん」
背後で声がして、振り返るとオルジェントが立っていた。
「あ、オルジェントさん。あの、髪が桃色の女の人がさっき階段を降りてきたと思うんですけど、見ませんでしたか?」
「……ああ、そういえばゴホッ!」
折り悪く咳き込む彼は、しばらく咳き込んだのちに背中を向けた。
「すみません、少し待っていてください」
そう言って、フラフラと進んで元居たテーブル席の方へ向かっていく。
こうしている間にも状況が色々変わってしまう。だけど闇雲に探したところで見つかるわけがない。
もはや誰が嘘をついているのか分からない俺は、オルジェントを待たずに走り出す。
唯一なんとかなりそうなのは、武器屋のウィーポか魔法店の老婆を訪ねるくらいか。
真上にある太陽の日差しを浴びながら闇雲に駆けて、距離的に近い武器屋へと駆け込んだ。
「……また来たのか」
「あの、昨日か今日、ゴカゴが此処に来ませんでしたか?」
息を切らしながら、先程来た時と変わらない姿勢のウィーポに尋ねる。この街の人なら、ゴカゴで通じるはず。
「ゴカゴ、ああ、クリストの娘か。そういえば昨日の夕方に訪ねてきてたな」
「本当ですか? 何をしに来たかとか」
「……だが、顧客の情報だ。他の人間に漏らすわけにはいかん」
希望を一気に砕かれた気がして、肩を落とした。そりゃそうだ、彼は正しい。でも、同時に行き場のない怒りが込み上げる。
「……お前はあの子の命の恩人だそうだな」
「……そう、言われてるだけです」
「なら、話そう。あの子にとっての身内であるお前にな」
剣を置いたウィーポは、何を考えているのか分からない表情でこちらを見つめる。
「あの子は、お前に渡したアステマインからの贈り物を手に来店した。そして、短刀の事を聞いてきたんだ」
「それは、どういう事ですか?」
「あの子なりに、怪しんだんだろう」
ウィーポもアステマインに対して不信感を抱いているんだろう、言葉選びからしてそれが
「なんて答えたんですか?」
「……俺は鑑定士ではない、ただの武器屋だ。素材が何かとしか答えられん」
首を横に振るウィーポは、無表情だった顔に少しだけ苛立ちのような感情を露わにする。
「素材を知ったあの子は、礼を言って出ていった」
「……そうですか」
どうやら、あまりいい情報は無いみたいだ。
「あの短刀の黒い刀身部分には、アベスドッグの素材が使われている。とても耳が良い魔物だ。魔道具にもよく使われ、主に通信の用途で使われたりする」
通信、という言葉に引っかかり、どんな魔道具か尋ねる。
「……ただの武器屋だと言っただろう。知りたければ魔法店にでも行くといい」
「分かりました」
正直、ここから魔法店はかなり遠かった。だけど、かなり情報をくれたウィーポに感謝しなければ。
「ありがとうございました」
「……ああ」
俺が出ていくまで、彼は剣を持たずにこちらを見ていた。模造刀の一件以来、何かと助けてくれるのは果たして気のせいだろうか。
武器屋を出て、今度は魔法店へと駆ける。もどかしくなった俺は、魔力を足に纏わせる想像をして、走りながら練っていく。
すると、仄かに赤みを帯びた揺らめきが足の周りに浮かび上がり、明らかに速度が上がった。何故赤みを帯びたのか分からなかったが、火の魔法が使えたことで色々変わったのかと自己解決し、目的地まで走っていく。
一刻を争う事態に、肺と足から来る疲れによる緊急信号を無視し続けて、魔力の助けもあって予想以上に早く魔法店が見えた。
息も絶え絶えだったが、もたれ掛かるように扉に手を掛けて、今度はノックもせずに入り込む。
薄明かりが奥から漏れているのを確認し、フラフラとした足取りで部屋の扉を開けた。
「おや、おチビちゃんどうしたんだい?」
分厚い本を読むためか、小さな眼鏡を掛けた老婆が顔を上げて微笑む。
「あの、通信の、魔道具って、ありますか?」
「まあまあ、椅子があるからゆっくりしてなさい。通信の魔道具ね」
部屋の
その間にも老婆は、棚から魔道具を飛ばして手に持って見せる。
通信の魔道具と呼ばれるそれは、昨日の帰り際に勧められた渦巻き状の殻の形をしたものだった。
「やっぱり欲しくなったのかえ?」
「実は、その魔道具についてなんですけど、それって、アベスドッグの素材が使われていますか?」
「ええ、よく知ってるわね。これはフォーンというのだけど、この黒い見た目がその証拠よ」
やっぱりそうだ。だけど、それを武器に使う意味なんてあるんだろうか。通信の魔道具とあるが、どんな用途に使えるか詳しく尋ねる必要があるな。
深呼吸をして呼吸を整えた俺は、その用途について細かく質問した。
「そうね、まず一番の利点は同じものを持ってる者同士で意思の疎通ができる事さね。使い方は、一方がこれに通信したい相手の名前や記憶を思い浮かべながら魔力を飛ばす。すると、相手のフォーンが黒く光って震えるから、手に持つだけで相手の声や意思が届くようになるのよ。声に出す必要は無いから便利さね」
力説する彼女は、俺が購入すると思って事細かに説明してくれた。
「他にもなにかあるんですか?」
「そうさね、あまり良い使い方ではないけど、例えばおチビちゃんが誰かにこれを贈るとして、予め貴方の魔力をこめておくと、渡した相手の位置情報が得られるの。もちろん相手に伝えるのが前提だし、おチビちゃんの魔力量だと一日も持たないと思うけどね」
位置情報が得られると聞いて、俺はその用途を思い浮かべる。
『……アステマインには気をつけろ』
『必要だと思ったからです』
脳裏に浮かぶ、ウィーポとアステマインの台詞。仮に彼女が魔力をこめたとして、俺の位置情報を得て何をするつもりなんだ?
大体、よっぽどの魔力を持ってないと一日も持たないはず。
「どうしたの?」
「あ、いや。それ、買いたいんですけど」
「ええ、1ウェルク金貨よ」
魔道具で作り出した財布の空間に手を入れて、金貨を一枚老婆に手渡す。
「ありがとう、でも一個でいいの?」
「充分です。あ、あと。同じ素材を使っているもの同士なら、相手がどんなものでも話せたりするんですか?」
「……ええ、そうだけど」
変な質問をしてしまったせいか、怪訝な表情で深く皺を刻み込む彼女。
事情を説明すれば早いかもしれないが、全く関係ないこの人に話すのもどうかと尻込みする。
「なにか悪いことに使おうとしてる?」
「あ、いや、むしろ使われてるから何とかしようとしてまして」
「……どういうこと?」
思わず口が滑るが、老婆の圧力に耐えきれず今までの事情を説明する。
すると、彼女は開いていた本を閉じて、おもむろに立ち上がった。
「それ、違法よ。使い方としては」
「そう、なんですか?」
「ええ、本来魔道具として使うべき用途を武器に、それも相手に内緒で行うのは駄目なのよ」
あくまで優しく諭すように老婆は言うが、そうだとしたらゴカゴがかなりまずい立場にあるということになる。
「ゴカゴちゃんが危ないわね、アステマインというのはただの門番なのね?」
「そのはずなんですけど」
ただの門番、のはずだ。
「とにかく、それを持ってゴカゴちゃんの事を強く念じてみて」
老婆は店内を歩き回って、なにやら魔道具を掻き集めながら告げる。
言われた通りにフォーンを手に持ち、目をつむって強く少女の面影を浮かべた。
すると、魔道具に向かって魔力が吸い取られる感覚が起こり、立っていられなくなって大きく身体が傾く。
「危ない! 大丈夫?」
ちょうど後ろにいた老婆に支えられ、震える手でフォーンを見る。
「どうやら誰からも通信を受けたくないようね。ならこちらにも考えがあるさね!」
俺の手の上に老婆は自身の右手を重ね、こちらの顔を覗き込んで微笑んだ。
「もう一度、やってごらんなさい。今度はばぁばも手伝うよ」
優しく包まれた手はほんのりと温かく、不思議と安心する心地だった。
俺はもう一度魔力を流して、ゴカゴの顔を思い浮かべる。
再び魔力が吸い取られそうになるのを、老婆の助けによりなんとか持ち直し、頭の中に浮かべたゴカゴの閉じていた目が、ゆっくりと開くのを感じた。
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