第21話 出航

人であふれるアーバルトの港。今日大手商会の運営する大型船がゴラウ王国の港町バシリアに定期便を出航させる日であった。


「うっうっ、リーネさん行っちまうんだな。元気でやってくれよ」


 最初に出会った頃には豪快さはどこへいったやら、バイナリィは涙を流しながら別れを惜しんでいた。

見た目のごつさのわりに気さくでいい奴だった。


「泣くでない。また会うことあるじゃろう。わしゃお主のことを決して忘れることはないじゃろう。お主も息災でな」


 リーネも優しい目でバイナリィにそう声をかける。

 

「もうすぐ出航です。乗船する方はお急ぎをー」


 そんな声が聞こえてきた。



 ギルドにドラゴン討伐の報告に行ってから、その事後処理は大変の一言であった。


 商会連合の見分はドラゴンを目撃した人物がギルドに訪れてドラゴンであることが確定した。当然、俺たちがドラゴン?と戦闘した場所にも調査隊が派遣されその凄まじい現場はのちのギルドの語り草となった。

当事者であるバイナリィはその話を振られると突然震えだし言葉を失うため冒険者の間ではいろいろな憶測が飛び交い伝説にまでなってしまった。


 俺たちのドラゴン討伐が確定してからが大変であった。

まずギルドがすでに討伐隊の準備に入ってたこと、討伐隊の必要経費は報奨金から引かれる予定になっていたわけだが俺たちが単独で討伐してしまった。

そのため準備した物資の代金をどうするのかで揉めた。

ギルドとしては勝手に討伐に出た俺たちの非を責め、(ちゃんと届出は出していたのだが討伐隊参加の意思ととれれていた)報奨金から出すべきというギルド経理部。

 ふざけるな報奨金はすべてわしゃのもんじゃと主張するリーネ。


 双方取っ組み合いの喧嘩をしそうな勢いで言い争い、聞くも無残な罵詈雑言が飛び交い、ギルドマスターは頭を抱え、間に入ったバイナリィはリーネの金切り声で夜もうなされる始末。

そんな激論を見かねた商会連合は、ギルドの集めた物資をできる限りの高嶺で引き取ることを約束してくれてその場は収まった。


 次はドラゴン討伐の追加報酬の話で揉めた。

ドラゴンが一匹でなかったため、追加報酬をリーネが訴えたのだ。

商会はこれに快く承諾、1匹に付き金貨200枚の報酬を出すといってきた。

俺はにっこり顔だったがリーネは欲張りを発揮、1匹金貨6,000枚を譲らぬと言い出す始末。

またしてもおぞましい悪辣な舌戦が繰り広げられ、バイナリィは胃痛でご飯も喉を通らなくなった。

 だが、これは藪蛇だった。

 おつむがお花畑に近いリーネがやり手の商会担当者相手に勝てるわけがなかった。

上手くやりくるめられて、金貨1,000枚の追加報酬で収まってしまった。

 せめてもの救いは船に乗るための推薦状を手に入れれたこと、船代は商会持ちとしてくれたことだった。


俺たちはゴラウ王国を目指すための船旅に必要なすべてを手に入れた。


 船の出航まで一週間ほどあり、俺たちは街でその時までいろいろな準備に走り回った。


 だが、ここでさらに問題が発生。

 食えぬし邪魔だからという理由でリーネが細切れにしてばらまいたドラゴン?の死体を食い漁りにグールやヘルハウンド、ホークショットと呼ばれる巨鳥のモンスターが街道に大量発生したのだった。

これにはありとあらゆる場所からリーネに苦情が殺到。

最初は申し訳なさそうにしてたリーネも度重なる苦情にガチギレで全部駆逐してやると喚き散らすリーネを抑えて(主にバイナリィが)なんとかギルドに討伐依頼を出すことで事を収めた。

この出費は金貨1600枚。すべて俺たちの持ち出しとなる。


 結局ドラゴン討伐の報酬は金貨7,000枚だったわけだがそれをバイナリィと2人で山分け。

 バイナリィ自身は戦闘で何もしなかったこと(多少は貢献している)事後処理の苦労がトラウマとなり報酬をもらうのを全力で嫌がっていたが、リーネのこめかみに血管が浮き上がったのを見ておとなしく受け取った。

リーネの取り分からギルドへの依頼分1,600枚を支払い残り1,900枚。それでも十分な金額であった。


 散々ひどい目にあったにもかかわらず最後まで船に乗るリーネを見送るバイナリィ。


「……いい奴じゃったな」


 そんな彼を見ながらリーネは名残惜しそうに小さく呟く。


”そうだな。なかなかいない好人物だったよ”


船に乗り、甲板から中に降りた俺たちは割り当てられた客室に入り、一息をつく。

ベッドで丸くなって座っていたリーネがぼそりと


「……やっと姉上の所に向かえるのだな」


いつもはやかましいほど元気な姿はなりを潜め、厳しい表情のリーネは遠くにいるであろう姉を思って静かに闘志を燃やしているかに見えた。

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