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 その日の放課後、学校の図書室ではなく、電車で二駅先の公園の隣にある市立図書館に愛海は答えを求めた。

 今朝の質問に対して母親もガブリエルも何とも気まずそうな表情をしたまま「そのうちに分かる」としか言ってくれなかったからだ。

 大人はいつも子どもには難しいと言って、ちゃんと話してくれない。そういう態度は子どもを舐めていると中村女史は言っていたが、その中村女史も愛海の両親が何故籍を入れないのかについての質問をぶつけた際には「それぞれ色々な事情があると思います」という、何ともテレビのコメンテーターみたいな言い訳っぽい受け答えしかしてくれなかった。

 

 学校の図書室と違い、図書館は広くて難しい本も沢山並んでいる。愛海はカウンターで司書の人に「事実婚について分かりやすい本」を見せて欲しいと頼み、三十分ほど待たされた。

 持ってきてくれたのは結婚に関するものと、海外の結婚事情について書かれたもの、それからフランスの家庭事情についてのものだった。全部で十冊ある。どれも子ども向けとは言い難いが、法律の難しい話が書いてあるものよりは分かりやすいだろうと司書の女性が教えてくれた。

 愛海の細い腕には充分過ぎる重さの十冊をテーブルへと運び、ノートを広げながら大事そうなところをメモしつつ読んでいく。

 

 本によれば日本の現在の家族というのはそもそも今から百年以上前の明治時代に始まったもののようだ。その時に作られた民法で家父長制というものがあり、家というものに対しての色々な権利の保証がされた。父長といっても男性だけではなかったみたいだけれど、細かい話はよく分からなかった。ただ明治以前、江戸時代とか平安時代とか、そういった時代には今のような小さな家族ではなく、もっと色々な人が雑多に暮らしていたらしい。召使いとか執事とか、そういうものを想像したけれど、たぶん違うだろう。漢字ばかりで頭が痛くなってくると、どうしても明後日の想像をして重くなった思考に風船を付けたくなる。

 

 ともかく、今の日本での法的な家族という単位は、その民法ってものが決めていると書かれていた。

 例えば結婚についても男性は十八歳から女性は十六歳と決まっていた(ただこれは成人年齢が変わったことで女性も十八歳に上がったらしい。法律も色々と変わる)。

 例えば女性は離婚すると以前は六ヶ月、再婚することが出来なかった。これも途中で変わって今は百日と少し制限が緩まった。男性はそういう規定がなく、すぐに再婚出来るみたいで、何だか不平等だなと感じたけれど、その理由は生んだ子どもの権利がどうこうと書かれていた。子どもの為なら仕方ないか、と思いつつ、それでもどこか面倒だなと感じてしまう。

 

 家。家族。この百年くらいは家族になることと、子どもを持つことがほぼ同じ意味のようだった。愛海には難しくてよく分からなかったけれど、様々な権利があり、結婚しないでいると損をすることも多く、気持ちがどうとか、それぞれの事情とかよりも、権利についてちゃんと結婚していた方が得をすると書かれていた。

 それなら今現在進行形で愛海の家は損をしているのだろうか。

 

 別に、フランスでの事情について書かれたものを開く。そこには真っ先に「事実婚」という言葉が出てきた。フランスでは家族よりも個人、またはカップルを重要視する考え方が強いらしく、日本よりも家族についての考え方が柔軟なようだった。権利の保証も籍を入れた家族と、事実婚の家族ではそう大きく違わず、籍を入れた方が得だからとか考えなくてもいいらしい。

 また家族と一口にいっても大きく三種類に分けられていて「籍を入れた結婚」と「事実婚」それに「同棲」という新しい項目があった。もちろん同棲にまでなると権利面ではだいぶ異なるみたいだけれど、それでも籍を入れるか入れないかということを権利や子どものことであまり悩まなくても好きにすればいいように、愛海には感じられた。

 

 でもここは日本だ。

 だとしたら、やっぱり家族になるには籍を入れた方がいいのだろうか。

 本を返却した後で、司書のお姉さんに尋ねてみた。


「結婚するには籍を入れた方がいいんですか」


 小学五年生からそんな質問をされると思っていなかったのか、お姉さんは困ったように眉をひそめた後で「よろしければお調べしておきますが」と仕事の口調で答えたので「じゃあいいです」と頭を下げ、図書館を出た。

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