4:ド畜生の戦い

「やっほー!! こーんばんはぁー!!」


 夕暮れ時の目抜き通りに大声が響いた。


 学校やら仕事やらが終わり、帰宅する人々で混み合う時間帯である。

 一日の務めを終え、夕餉ゆうげを心待ちにしながら家路を急ぐ人の群れは、突然の奇声になんだなんだと周囲を見回す。


 コンコースのモニュメントのかげから、夕日に照らされた肌色の人影が飛び出した。


 少年だ。


 中学生くらいの、大柄な少年だ。


 先日、ヨシアキとアカネに蛮行の限りを尽くした、あの暴漢だ。


「うわあああああああ!?」

「ぜ、全裸だぁあああああああ!!」


 暴漢は裸だった。

 乳首も尻も股間も丸出しの、見事なまでの全裸だった。


「そうです。全裸なんです!」


 暴漢は悲鳴に応え、恐ろしいほど良く通る声を張り上げた。


「き、君! そんな恰好で、何をしているんだ!?」

「裸になっています!」

「いやイカンよ! 早く服を着なさい!」

「イカンと言われても、別にいつものことなので!」

「い、いつも!? いつもこんなことをしてるのかね!?」

「はい! 何がイカンのか、まだよく分かりません!」


 逃げも隠しもせずに元気よく答える少年に、道行く人々から悲鳴や罵声が飛ぶ。


「変態だ! 変態が出たぞ!」

「そうです! 変態なんです!」

「うわあああ! 変態だああああ!!」

「はい! 変態です! 変態の、結城将人ゆうきまさと! 俺は、最低のド変態野郎、結城将人です!」


 高らかに名乗りを上げるド変態野郎。

 堂々としたものだった。その瞳に一片の曇りもない。


 群衆はみな絶句した。結城グループと言えば、この地方都市の雇用の大半を抱えている大企業である。

 見苦しいモノをしまわせるべく取り押さえようとしていた心ある男たちが、思わず二の足を踏んだ。


 その隙を突くかのように、暴漢は雑踏を走り抜ける。

 幼気いたいけな婦女子たちの悲鳴が上がった。

 裸の暴漢は、そのまま駅前の記念碑の上へと駆け昇る。


「見てください! 俺を見てください! 人間のクセに裸で走り回る、それが結城将人です! 俺は結城将人なんです!」


 ベンチに腰掛けて談笑していた女学生たちが悲鳴を上げた。


「きゃあああああああああ!!」

「結城将人! 結城将人です! しっかり憶えてください!」

「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「おしりにおいも嗅いでください! その方が憶えやすいと思います!」

「うぎゃああああ!!」


 生のケツを高い所から突き付けられ、哀れな女学生たちは乙女にあるまじき悲鳴を上げて逃げ出す。

 見るに見かねた若い衆が、暴漢と婦女子のあいだに立ち塞がった。


「もうめてくれ! 流石さすがにやりすぎだろ!」

「見てください、俺の●●ポ!」

「うわあぁあ! めろっつってんだろ!?」

「なんか貧相じゃないですかコレ? 短いし、細いし、フサフサしてないし」

「えっ…… い、いや、そこまで言うほどじゃ……」

「いずれは●●ポの扱いも憶えていきたいと思います! 子供いっぱい作りたいので!」

「同情するんじゃなかったよこのド変態野郎!」


 平和な街は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 ただただ逃げ惑うだけの人々もいれば、果敢にスマホのカメラを向け、汚い思い出をフォルダに撮り込もうとする者もいる。


「なに? なんなの?」

「変態が出たってよ!」

「変態どころか、ド変態だってよ!」

「それは具体的にどう違うの!?」

「全裸の男だって!」

「なんだよ、全裸って男かよ」

「早くそういう趣味の人を呼んで来てくれ!」

ちげぇよ! 警察だよ!」

「そうだ! 早くそういう趣味の警察を呼んで来い!」

「もうそれでいいよ! 早く何とかしてくれ!」


 混乱極まる民衆の中を、暴漢は舞い踊る。

 防犯カメラも何のその。顔も、局部も、赤裸々に。

 高らかにおのれの名前をうたい上げながら。


「俺は結城将人! ド変態野郎の、結城将人です! 忘れないでください! 俺が全裸だったこと、どうか憶えていてください!」


 通報から警察が駆けつけるまでの、ほんの数分間。

 この情報化社会の果てまでホットなニュースをお届けする準備が整うのに、十分すぎる時間。


「通して! ちょっと通して! 君! そこで止まりなさい!」

「来た! ケーサツだ! ケーサツに捕まるワケにはいかないんです! 俺、悪いこといっぱいしてるんで! 同級生を蹴りまくって、お金をったりしてるんで!」

「な、なんだって!? 君、本当に結城さんの子かい!?」

「そうです! 結城将太郎ゆうきしょうたろうの息子、結城将人! みんなに裸を見せるのが大好きなド変態、結城将人です! 結城将人、結城将人をよろしくお願いします!」


 暴漢は大声で叫びながら、コンビニと定食屋の間の狭い路地へ駆け込んだ。警官達が慌てて後を追う。




 だが……




「くそっ、どこへ行った!?」

「緊急配備! 何としてもたい……保護しろ! これ以上人目ひとめに触れさせるな!」




 路地を覗き込んだ警官たちが見たものは、走り去って行く子犬か何かの、妙にフサフサしたシッポだけだった。

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