第107話 届出

 ———お袋の運転で丹菜の両親が眠る墓地へ向かっている。


 俺は丹菜の親戚に関して一切触れて来なかった。父方の親戚は、実際会ってるから分かった。ただ、今日まで母方の親戚の存在が見えていない。ちょっと気になって初めて丹菜に聞いてみた。


「丹菜の親戚って父方の叔父さんしか知らないけど、母方の親戚って……」


「母方の親戚は居るには居るんですが、私からすると遠い親戚になります。母の兄妹はいません。なので、母方の叔父叔母に当たる人はいないんです。祖父母は私が生まれて間も無く亡くなってます。一応、私から見た祖父母の兄妹の繋がりでの親戚は居ます。ただその親戚はお葬式の時しか会ったことがありませんから……」


「そうか……」


 丹菜の答えに俺は特に何も思わなかった。なんせ、親父とお袋は一人っ子だ。だから俺に従姉妹は居ない。丹菜には一人従姉妹がいる。そう考えると俺って……結構寂しい奴なんだなって思ってしまった。


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 墓地に着いた。丹菜は親父達を両親が眠るお墓の前に案内した。


「ここが両親のお墓です」


「………」


 親父とお袋は黙って暫くお墓を見つめていた。そして二人はお線香を焚き、花を供え、静かに手を合わせる。俺と丹菜も手を合わせた。

 俺は丹菜が御前家で預かる事を伝えた。多分、親父とお袋も伝えていると思う。昔話もあるだろう。二人は結構長い時間、手を合わせていた。


 そして、手を下ろし静かに目を開けると親父が丹菜にお礼の言葉を述べた。


「丹菜ちゃん、有り難う。やっと瑠衣とお話することが出来たよ」


「こちらこそ有り難うございます。父と母の為にわざわざここまで来て頂いて……」


「なーに、それは気にしなくていいさ。最近まで地球の裏側みたいなところにいたんだ。それに比べればここなんて近い近い」


「確かにそうですね」


「それじゃあ、時間も無いから叔父さんの家に行こうか」


「はい」


 俺達は再び車に乗り込み、一路、丹菜の叔父さんの家に向かった。


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 ———叔父さんの家に着き、茶の間で叔父さん夫婦と親父達四人がテーブルを挟んで、向かい合って座っている。一通りの挨拶を交して、「良く出来たお子さんだ」的な感じで俺と丹菜の事を互いに褒め合っている。正直、居た堪れない気分だ。

 すると親父は無言のまま一枚の紙をテーブルに広げて置いた。俺と丹菜の位置からはその紙がなんなのかよく見えない。


 その紙を見た叔父さんと叔母さんは互いに顔を見て微笑んで頷き、そして叔父さんは親父と目を合わせると、「ニヤリ」と互いに不適な笑みを溢す。

 そして叔父さんはペンを取り、その紙に何やら書き始めた。それと同時に叔母さんは印鑑をテーブルに置く。そして叔父さんはペンを置き、押印する。すると、叔父さんと親父は深々と一礼して、叔父さんはその紙を俺に勢いよく渡した。


 その紙を見て俺は目を疑った。

 ちょっと待て! 確かに行き着く先はここだが……ヤレヤレ……俺は言葉を失うしか無かった。


「親父よ……っていうか叔父さんも……これ……はぁ……」


「正吾君、溜め息なんか吐いて……なんですか?」


 丹菜は俺が手に持つ紙を隣から覗き込んだ。


 覗き込んだその紙にはこう記されていた。




















       ”婚姻届“

















 俺が手渡された紙には「婚姻届」の文字が書かれていた。そして、「証人」の欄には、親父と叔父さんの名前が……。

 丹菜も当然呆れてる。


「ちょっ……叔父さん、これって……」


「ん? 婚姻届ですが何か?」


 叔父さんはとぼけた顔して首を傾げる。


「『何か?』じゃないよ! まだ私も正吾君の結婚出来ないってこの前言ったでしょ!」


 すると親父が、


「いつでも自分らの名前書いて役所に持って行けるように下準備だよ」


 以前、俺がここに泊まりに来たとき「結婚しなさい」って言われた話しを丹菜はお袋にメールで報告していた。叔父さんも結婚に乗り気だって知ってれば親父も平気で悪乗りできたわけだ……だからって、婚姻届なんて準備すんなよ!


「どうせ結婚するんだろ? 私は正吾君を、大吾さんは丹菜を、それぞれに認めてるんだ。何も問題は無い。それは私達からの誕生日プレゼントだよ」


 皆に聞きたい。誕生日プレゼントに婚姻届を貰ったことがある人がいたら是非教えて欲しい。


 俺と丹菜は呆れてしまい、言葉を失った……結婚に向けてカウントダウン……ちょっと早い! 俺になんの実績も無いまま結婚したって路頭に迷う未来しか見えねぇぞ! ……丹菜は俺の顔を見てニコニコしている。その「期待の眼差し」は今はプレッシャーでしかないから止めてくれ!


 順序が逆になったが、この後、親父が叔父さんに丹菜が我が家に居候する話しをした。そしたら叔父さん大喜びで、その後の話は、もう嫁いだ感じの内容になってしまっていた。


 そして、丹菜の生活費の話になったが、どうやら両親の保険金を叔父さんが預かっててそれを定期的に丹菜に送ってるらしい。大学までの学費の分も十分あるそうだが……何かが変だ。親父は保険金と聞いて納得したようだが……。


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 後日、婚姻届の件は当然陽葵に報告していたようで、陽葵に「婚姻届いつ出すの?」って聞かれた。当然、その日の晩は説教タイムだったが……丹菜、なんでそんなに嬉しそうな眼差しなんだ!

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