第43話 制限
———月曜日。
今日から丹菜は一週間、俺の部屋に来ない。
朝起きて……最初に見るのは丹菜の顔だ。だけど今日、最初に見たのは薄暗い部屋の天井だ。なんか目覚めが悪い。
そして寝室を出ると―――今日は漂ってこない朝食の薫り……お腹が空かない———でも食べないとな。丹菜は俺の体を気遣ったメニューを考えていた。
キッチン、冷蔵庫、棚、色々漁ってみたら……ロールパンとサラダが出て来た。今日の朝ご飯はこれだな。
朝食を
「美味い」と言う相手がいない……それ以前にメシが不味い。「誰かと食べる食事は最高の隠し味」と言ったことがあったが訂正する。隠す必要の無い味そのものだ。
お笑いだ。初日の朝にして既に限界が来た。
そして登校……俺は先に通路に出て、丹菜が出てくるのを待とうとした。俺が出ると丹菜も出て来た。いつもの時間だ。
「おはよう御座います」
「おはよ」
丹菜の顔を見てホッとする。丹菜は笑顔で挨拶をしてくれたが、俺は笑顔で挨拶していただろうか?
俺は「一週間俺の世話をするな」と言ったが、会話するなとは言っていない。
なので、エレベーター中という短い時間、丹菜に俺から話し掛けようとしたが、丹菜に先手を取られた。
「朝御飯食べました?」
「あぁ、パンと冷蔵庫にサラダ残ってたろ? あれ頂いたよ」
「それなら良かったです」
俺が朝食をとった事に丹菜は安堵したようだ。
因みに今日は彼女から弁当を渡されていない。「世話」に当たるからな。いつもの行為を禁止にすると絶縁したような気分になってなんだか後悔の念に駆られる。
空しさというか心にぽっかり穴が空いたような感じだ。
―――電車の中ではいつもどおり密着してきている。今日はちょっと「圧」を感じる。丹菜も寂しいんだろうか? 俺を見る目が誰かにすがりたいような目をしている。そんな目で見られるとギュッとしたい気分に駆られる。
―――学校に着いて、いつもどおり授業を受け、いつもどおりの昼休み。弁当が無い今日は学食を食べに食堂へ向かう。
―――放課後。別々に学校を出る。俺は学校から直接バイトに向かった。
丹菜は一人でマンションにに帰ってる。それはいつもの事だ。いつもの事だが……丹菜の寂しそうな……悲しそうな背中を想像してしまっている。彼女、大丈夫だろうか? いや、俺が大丈夫なのか?
―――バイトが終わり、スマホを手に取り「帰る」の文字を入力してハッと気が付く。今日から一週間、丹菜にメッセージを送信する必要が無い。
そして、家に着くまでに今日の夕飯を考えなくてはならないが……俺はまだ料理が出来ない。結局、スーパーの惣菜かコンビニか……。
―――部屋の前に立ってドアノブを回す……鍵が掛かっている。いつもはすんなり開くドアが開かない……俺は丹菜の部屋の扉を暫く眺める……丹菜が出てくることを期待しているのか? 分からない。
鍵を開け、中に入ると部屋が暗い。そして誰も出迎えない……。美味しそうな匂いもしない。今から入るこの部屋が、ただの空間にしか見えない。なんだかこの世界から拒絶されたような気分だ。
俺は丹菜に「見えてくるものがある」と言ったが、俺も見えてきたことがある。俺は葉倉丹菜に依存している。
丹菜を引っ張って行くつもりでいたが、あいつに支えられて初めて俺という人間が成り立っていた事が分かった。
情けない。俺は丹菜の傍に立つ事が許される男なのか? 以前、陽葵にも「へたれ」と罵られたが、まさにそのとおりだ。
俺は丹菜に甘えたいのか? 甘えさせたいのか? 分らない。とにかく今は丹菜が傍に居ないと俺が駄目になる。
多分、このままだと一週間後、俺は丹菜の事を監禁してしまいそうな気がしてならない。
「(———明日……明日はバレンタイン……こんな俺に丹菜はチョコくれるんだろうか……) 」
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