地獄の物語の集積所

桜森よなが

死体のそばに咲く花

 死体のそばには花が咲く。

 なぜだかはわからない。

 花が咲く瞬間を見たことはないが、もうすでに死体の近くで咲いていた花は見たことがある。

 三年前、私の祖母が死んだ時だ。

 祖母の家に手作りのアップルパイを持って遊びに行くと、祖母は玄関先で倒れていて、息をしていなかった。

 祖母の死体を囲むように色とりどりの花が咲いていて、私はその光景にしばらく呆然としていた。

 なんとなく動かない祖母の近くの地べたに座って、祖母の好きだったアップルパイを食べながら、花に囲まれた祖母を眺めた。


 そのときのアップルパイの味は、覚えていない。

 ひょっとすると、味なんて感じていなかったかもしれない。


 いつか、死体のそばで花が咲く瞬間を見たいなぁとそのころから思っていた。

 きっと、きれいなんだろうなぁって。

 でも、もちろん人が死ぬことなんて望んでいない。

 人が死ぬことはとても悲しいことですから。


 ある日のこと。

 私は親友と遊びに行く約束をしていたので、待ち合わせ場所である町の中心部の教会に行くと、教会の壁に彼女がもたれかかっていた。

 親友の顔色が悪かった。


「どうしたの?」と訊くと、

「なんだかね、気分が悪いの。息も苦しいし」と額に汗を浮かばせて彼女は言う。


 そのとき、リンゴーン、と午後の一時を知らせる教会の鐘が鳴り響いた。

 その鐘の音を聞きながら、私は親友の青白い顔を見つめていた。

 音が鳴り止むのを待ってから、私は口を開いた。


「今日はもう遊ぶの無理そうね、家に帰ろう、おぶっていくよ」

「ごめんなさいね」

「気にしないで」


 私は親友を背負うと、彼女の家へ歩き出した。

 10分ぐらい歩くと、私の体が悲鳴を上げてきて、もう限界って思って、

「ごめん、ちょっとだけ休憩させて」

 と彼女をその場でおろして、ふぅと大きく息を吐きながら私は地面にどさっと音を立てて座った。


 喉が渇いたな、でも飲み物がないな、と思い、

「ねぇ、のど乾いてない? なんか飲み物を買ってこようと思うんだけど、なにが飲みたい?」

 と親友に言うと、彼女は返事をしなかった。

 そういえばさっきからまったくこの子しゃべってないな、って気づいた瞬間だった。

 唐突に彼女の周りに花が咲きだした。

 いろんな種類の花が次々と咲いていく。

 その光景を見て、私はもうこの子の魂がここにないことを理解した。


 でも、私は親友が死んだのに、それは悲しかったのに、咲いた花を見て、その美しさに見とれてしまったのだ。

 数十秒もすれば、親友の周りには色とりどりの花が咲き誇った。

 私はたぶん5分くらいその場で立ち尽くして、親友の死体をただただ見つめたあと、ふと思い立ち、そこから歩いて20分くらいかかる酒屋に行って、瓶に入ったお酒を買うと、また死体がある場所に戻ってきて、地べたに足を崩して座って、お酒を瓶から直接飲みながら、親友の死体とその周りに咲く花を眺めた。


 普段はお酒なんて飲まないのに、べつにお酒なんて好きじゃないのに。

 でも、なんだか酔いたい気分だったのだ。

 ねぇ、そういう気分の時ってあるでしょう?


 私は瓶に入ったお酒を半分くらい飲むと、残り半分は、親友と咲き誇る花々に捧げることにした。

 親友とその周りの花の近くの地面にお酒を振りまいて、

 お酒と花のにおいが漂うその場所から、ゆっくりと去っていった。



 その数日後のことだ。

 今度は母の体調が悪くなった。

「お母様、どうか今日は休んでください」

 朝、私が母の体を心配して言うと、

「いいえ、大丈夫よ、これくらい」

 と言って苦しさを必死にごまかした笑顔で、母はりんごの収穫に出ていった。


 私の家はリンゴ農家だ。

 この町の人々が食べるリンゴの大半は、私と母がここで育てたものだ。

 母はリンゴの状態のチェックや収穫を一日たりとも怠ったことはない。

 真面目でやると決めたことはきちっとやる人で、どれだけ具合が悪くても、

 今日のように農作業をしに行くのだ。


 母が家を出て行って1時間ぐらいしたころだろうか、

 母の様子を見ようと収穫場所へ行くと、母が倒れていた。

 母の周囲にさまざまな種類の花が咲いていた。



「お母様?」


 返事はない。言葉は返ってこないとわかっていて、言葉をかけた。

 これで、私は一人になってしまった。

 お父様はもうとっくにいない。私が物心つく前に亡くなってしまったらしい。

 これから私一人でリンゴを育てないといけないのか……。


 母とその周りの花々から少し離れたところの地面に私は座った。

「ああ、花がきれいねぇ」

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