ただの人間は魔法使いの夢を見る

玄米

第1話 歩き始める夢

「炎も満足に出せなきゃ、話にならないよ」


そう言われたのは、これが初めてではなかった。お父さんやお母さん、学校の友達、近所に住むおばさんからも似たようなことを言われた。お前には魔法の才能がない、と。確かにそうなのかもしれない。魔法の授業では、参加することすら叶わず、クラスで唯一の「0」評価をもらっている。もっとも、それは私だけに限った話ではない。たまにいるのだ。魔法の素質のない人間が。私はその内の一人、というだけで何も特別ではない。


だが、今までとは違う。1000年もの時を生きた、伝説の”魔女”が目の前にいる。会話をしている。アルバイトで貯めたお金を元に、わざわざこんな辺境の、それも山奥まで足を運んだのだ。言われ慣れたことをそのまま受け入れて「はいそうですか」と終われるわけがない。


「あなたと同じ”魔女”になれば、私にも魔法が使えるはずです」

「ムリだね。0には何を掛けても0さ。初歩的な算数までできないわけではあるまい」

「最新の研究では、魔法の素質が0の人間は、ほとんどいないようです」


ネットニュースで見た眉唾の知識だが、話を繋げることに成功した。なんでも調べて頭に入れておくのは大事だなと思った。


「0.1でも素質があるなら、それに掛けたいんです」


ひとりでに鍋を掻き回していた棒が動きを止める。魔女は相変わらず、背中を向けたままで、私の方を見ようともしない。


「あんた、”魔女”になる代償については知ってんのかい」

「大幅な寿命の増加と朽ちることのない体、そして魔力の増幅。それが代償だと記憶しています」

「そこまで知ってんなら、なおのこと勧められないね。あたしは優しいからさ」


吐き捨てるようにそう告げると止まっていた棒は再び、鍋を掻き回す作業に戻った。優しい雰囲気は微塵も感じない。


「私に優しくするなら、魔女になる方法を教えてください」

「ダメだね。あれは禁忌なんだよ。中世から現代に至るまで、魔女が増えていないのには、ちゃんと理由があるのさ」

「……」

「分かったらさっさと帰んな。いつまでもそこに居られたら迷惑だ」


「でしたら」


唇を噛むのをやめて、口を開く。このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。今日こそは魔法を使えるようになる手がかりを見つける。指をくわえて”魔法使い”を見る人生とは、おさらばだ。


「私に魔法を教えてください。どんな雑用でもこなします。どうかお願いします」


深々と頭を下げる。木の板でできた床を、ヤモリが通っていたが、そんなのを気にする余裕はない。これでもダメなら土下座してやろうか。それぐらいの心持ちで、私史上最高の誠意を見せる。


「へぇ」


妙に弾んだ返事だった。顔をあげるとニタニタと気味の悪い笑顔をしている。やっぱり、性格悪いと思う。


「どうしてそこまでして魔法が使いたいんだい。返答によっては、考えてやらんこともないよ」

「……っ。それは……」


言葉に詰まる。だが、言わなければ。どんなにくだらないと笑われようと、自分の気持ちに嘘などつけないのだから。


しかし、思うように口が動かない。言葉にする方法も分からなくなりそうだった。


「そうかいそうかい。話せないときたかい。くっくっく……」


私が話せないでいると、今度は意地の悪い笑顔をしている。やっぱり、優しくなどないと思う。


「いいさ。あたしは弟子をとる気概なんてないからね。とことん使い潰してやるよ」

「え……」

「何ぼさっとしてるんだい。さっさと働きな」


言うなり、ホイッと木製のバスケットを私に放り投げる。なんとか受け取るも、頭は未だに理解が追いついていない。認められた、ということだろうか。だが、弟子をとる気はなく、使い潰すとも言っていた。言われた言葉を反芻するも、いまいちぴピンとこなかった。


「魔法を教えてくれる、ということですか」

「それは、あたしの気分次第。あんたの働き次第さ」


曖昧な返事だが、なんでも良かった。教える気分になる時があるのなら、それは教えてもらえるのと同義だ。


「分かりました。絶対、教えてくださいね」


ここからだ。私が普通の魔法使いになれる日はそう遠くないと、確信をもって扉を開ける。外は空気が美味しかった。小鳥のさえずりは、私の門出を祝福してくれているようだった。私の夢は、野望は、ようやく一歩を踏み出したのだ。


ところで、このバスケットで何をすればいいのだろう。私はもう一度、扉を開けて、魔女に仕事の内容を聞くことにした。

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