中学生やらかし記

@camelliak

本を傷つけるやらかし

 友人から借りた漫画の、表紙を折ってしまったことがある。

 人によっては大したことなく思えるかもしれない。ただとても重大なやらかしだと思う人もいるだろう。

 私にとっては間違いなく、人間関係が崩壊する恐れがある程の、重大なことだった。


 ことが起きたのは中学生の時である。小6で漫画やラノベ、ボーカロイドなどの作品に魅入られオタクになった私は、学年の中で10名弱いたオタクのコミュニティに属していた。

 バイトも出来ない中学生たちは、お小遣いをやりくりして少しでも多くの作品に触れることに必死だった。休みの日に数キロ離れた古本屋まで徒歩で向かいまとめ買いセールを探したり、もしくは古本屋のはしごをしてシリーズを揃えようとしたりと奮闘していた。

 私たちオタク中学生はもれなく陰キャで、派手なグループからの嫌がらせに怯え、そもそも人間関係を構築することが嫌になりかけていた。それでもオタクコミュニティを形成し属していたのは、オタク同士で語り合えるだけではない多大なメリットがあったからだ。

 

 作品の貸し借りである。


 当時の私たちはとにかく新刊の内容が気になり、アルバムの特典音源の内容が気になり、そしてお金がなかった。そこでコミュニティ内で誰がなんのシリーズを集めるのかを割り振り、貸しあっていたのはそれなりに懸命な策だったと言える。

 もちろん個人的にとても気に入ったものは自分でも揃えるが、基本的には順番に回し読みをしている状態だった。


 自分が好きな作品を布教することができる上に他人のおすすめをたくさん摂取できるこのやり方は非常に快適なオタクライフに繋がっていた。

 まだ携帯なんかも持っていなかった子供同士、放課後に集まっては本を交換し合い読みふけっていた。


 そして事件は起こる。


 その時私は持病の悪化と軽度のいじめが重なり不登校気味になっていた。

 オタク仲間たちはとても気にかけてくれて、家にいる間少しでも楽しく過ごせるようにと本当にたくさんの、具体的にはダンボール箱で運ぶような量の、本を貸してくれた。何より嬉しい気遣いだった。

 毎日薬を飲みなんとなくゆるゆると過ごしていたため、自然とその本をベッドの上で寝転びながら読むようになった。それが良くなかった。


 もう何が直接の原因なのかは分からないが、ある日私は1冊の漫画の表紙が真ん中で折れ曲がっていることに気付いた。折れたまま置いてしまったのか、寝落ちた時に寝相で巻き込んだのか、とにかく表紙のド真ん中に、はっきりと折れ目がついていた。


 本当に焦ったのを覚えている。その焦りには、友人のものを傷つけた罪悪感、自分が本をこんなにも雑に扱うような人間だったというショック、いくら優しい友人といえど確実に嫌われるだろうという確信、など様々な内訳があり、兎にも角にも思考が働かなかった。


 すぐに1番の解決策として新品を買い何事も無かったかのように返す、というのを思いついたが、そもそも長期で学校を欠席している身で親が本屋に行くことを許してくれるとは到底思えなかった。万が一外に出れたとしても同級生に鉢合わせたらと考えると恐ろしい。加えて金欠でもあった。八方塞がりだった。


 その時の私はひとまず問題を先延ばしにした。まだ返さなくてはいけないほど日は経っていなかったし、1度悩むことをやめた。しかしその本の存在はどうしても視界に入り、そのたびに心臓と胃が痛かった。もう何が原因でどう具合が悪いのか分からなかった。


 結局もうどうにもならない日数まで引き伸ばしたあと、とりあえず1日出席して、その日の放課後に新品を買いに行った。それも買っている現場を当の貸してくれている本人に見られたらどうしようという不安でいっぱいだった。シリーズを揃えている訳でもないのに、中の方の1巻だけを勝っているのは不審である。


 後日素知らぬ顔で本を返し、何事も無かった風に感想を語り、この問題は解決ということにした。以降は自分のものであっても本の取り扱いに注意を払うようになった。


 実家の本棚には、今も表紙の真ん中に折れ線が入った、シリーズ9巻目がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る