白い空 失くした空

@hijikakerui

第1話

空はずっと真っ白だった。

それが当たり前だと思っていた。

何百年も前に空は色を失ったそうだ。

今みたいに白と黒だけではなくて、青や赤、紫など様々な色があったそうだ。

それと太陽や月、星という存在があって、朝になると太陽が光るらしい。

そして夜になると月と星というものが現れるようだ。

それが現れたから何が起こるのかは分からないが、昔の人々は太陽や月、星という存在にいろんなことを思っていたようだ。

その証拠に本や音楽に度々登場する。

人々は何故こんなにも空を見ていたのか。

気になって仕方がなかった。

どこかで昔の空を見られる場所は無いだろうか。

僕は腕のブレスレットに「昔の空が見える場所」とつぶやく。

するとブレスレットからA5のコピー用紙ぐらい薄いスクリーンが現れて、とある場所の地図が表示された。

ここに昔の空が見える場所があるのか。

僕は机の横にかけていたカバンを手に取り、昼休みの騒がしい教室を出ていった。




こんな古ぼけた建物で昔の空が見えるのだろうか。

地図が表示した場所へ向かうと、そこには古ぼけた建物がぽつんと立っているだけだった。

せっかく午後の授業をサボって来たというのに、暇つぶしになるかどうか分からない建物にたどり着くなんて、何か損をしたような気分だ。

この建物で暇つぶしが出来るのか。昔の空は見られるのだろうか。

不安しかないが、古ぼけた建物の中に入ることにした。

古ぼけた建物の入口には、小さな青や黄色の花が生き生きと咲いていた。

誰かが手入れしてくれているのだろう。

多分この古ぼけた建物の中にいる人だろうけれど。

僕は目の前にある豪華なドアノブを握って扉を開いた。


扉を開くとそこには薄暗い空間が広がっていた。

建物の中に入ってみると、部屋の中心に丸い玉がいくつか飾られていた。

丸い玉は色も大きさもバラバラで、輪っかのついているものもあった。

玉の近くに置かれている説明文のようなものを見ると、これは惑星らしい。

言葉では聞いたことがあるが、これが惑星と言われてもピンとこない。

白い空の先にあるものというは知っているが、そんな見えない存在に何か思うことはない。

しかしこの惑星も小説や音楽に登場する。

こんな見えない存在にすらいろんなことを感じているんだから、昔の人々は相当感情豊かなのだろう。

何か羨ましいな。

そんなことを思いながら建物の奥へと進むと、天井に大きな円が描かれていることに気が付いた。

円は黄色くてボコボコとしていた。

この形さっきの丸い玉にもあったな。

確か月とかそんな名前だった気がする。

月もよく小説とか音楽に登場していたが、まさかこんなにもあっさりとした見た目をしていたとは思わなかった。

何か想像と違うな。

もっとかっこいいものだと思っていたから何か残念だな。

月の周りには小さな白い点がいくつか散らばっていた。

あれは何だ。

目を凝らしていると、

「いらっしゃいませ」

ふと後ろから声をかけられた。

振り返ると地味な格好をした女性が立っていた。

「空の博物館へようこそ」

女性はどこまでも真っ黒な目で僕を見ながらゆっくりと近づいてきた。

歩くたびに肩の位置で綺麗に切りそろえられた黒髪がサラサラと揺れる。

女性が近づいてくるたびに僕はあることを思った。

この女性はかなりの美人だ。

すごく綺麗だ。

だからこそ、この薄暗い部屋に同化しそうなグレーのエプロンと真っ黒なパンツという地味な服装が美しさを抑えてしまっているように感じる。

そんなことを思っていると女性が僕の目の前で立ち止まって、エプロンのポケットから何かを差し出してきた。

差し出されたものを受け取ると、それは三つ折りの館内マップだった。

「プラネタリウムは3時から開始予定です。それではごゆっくり」

女性はそれだけ言って、目の前からいなくなってしまった。

ほんの一瞬の出来事だったが、僕はしっかりと女性の言ったことを聞いていたし見ていた。

プラネタリウムが何なのかは分からない。

しかし女性の名前は分かった。

女性の胸元にあったネームプレートには“田中”と書かれていた。

女性の名前は田中だ。

田中さんに出会えただけでもう十分だったし、昔の空への興味はどこかへ行っていたが、せっかくだからプラネタリウムというやつに会うか。

田中さんは3時からって言っていたな。

ブレスレットを軽く指で叩くと、2時48分と表示された。

プラネタリウムまでもう少しか。

ところでプラネタリウムはどこにあるんだ。

僕はさっき田中さんから手渡された館内マップを広げた。

どうやらプラネタリウムというやつは3階にあるらしい。

僕は管内のいたるところに飾られている模型やポスターを何となく眺めながら3階へ向かった。




3階にたどり着くとそこには大きな扉が3つ並んでいた。

とびらは一枚一枚ことあるデザインが施されていておしゃれだった。

この先にプラネタリウムというやつがあるのか。

何だかよくわからものに会うというのは緊張するな。

いやそれだけじゃない。再び田中さんに会うことにも緊張しているんだ。

僕は緊張と好奇心で早くなる鼓動を抑えながら3時を待った。

そして3時にになった瞬間、目の前に並んだ3枚の扉が同時に開いた。

この扉の先へ行っていいんだよな。

不安になりながらも僕は恐る恐る扉の先へと向かった。




扉の先には部屋中びっしりと椅子が並べられていた。

まるで映画館の椅子のようだった。

もしかしてプラネタリウムというのは映画館のようなものなのだろうか。

ということはスクリーンで映像を見るということだろうか。

椅子の向く方へ目を向けると黒い壁があった。

黒い壁はそのまま天井へと続く。

この黒い壁が全てスクリーンだったら、どこを見たらいいのか分からなくなりそうだ。

「そろそろ上映を開始します。着席してください」

どこかから田中さんの声が響く。

僕は慌てて近くにあった椅子に座った。

「そこでいいの。せっかくなら真ん中の席で見るのをおすすめするわ」

僕は慌てて真ん中の席へと移動した。

椅子は意外にもフカフカで座りやすかった。

このままクラッシックが流れ出したら寝てしまいそうだ。

そう思った瞬間に部屋がゆっくりと暗くなっていきクラッシックが流れ出した。

危ないこのままじゃ寝てしまう。

僕は閉じようとしている瞼を強引に開いた。

強引に開いて何とかスクリーンを見ようとする。

早く始まってくれ。どうにか僕の意識があるうちに。

その時ふと目の前に鮮やかな青色が現れた。

絵具とかミルクティーのパッケージとか信号機とかどこにでもありそうな青色のはずなのに、僕の目は何故か青色に引き込まれていた。

青色は徐々に赤い色へと変わっていく。

田中さんの声が何かを話しているけれど、全く頭に入ってこない。

僕はただ赤から濃紺へと変わっていく色を見るだけで精いっぱいだった。

濃紺の中に白い点か散っていく。

白い点はそれぞれにつながりあって何かを描こうとしていた。

「これが星座です」

星座かバラバラの点が集まってつくられたものだと初めて知った。

しかも決められた星同士をつなげて星座をつくっているようだ。

こんなにも特徴のない小さな白い点の見分けがつくものだな。

僕だったら適当な点をつなげて適当に星座にしていることだろう。

昔の科学者はまじめだったんだな。

白い点を追いかけていると大きな丸い円が現れた。

これは分かる。天井で出会ったからな。

ボコボコの円。月だ。

さっきぶりの再会に何だか嬉しくなる。

「月のでこぼこをクレーターと呼びます」

ボコボコにも名前があるのか。

「クレーターは隕石がぶつかって出来ます」

隕石の衝突であんなにも大きなへこみができるのか。

いや、へこみだけで済んでいるのは凄い。

僕に隕石がぶつかったらへこみだけでは済まないだろう。

存在が消えてしまう。

やっぱり月って強いんだな。

「月にはうさぎが住んでいると言われますが」

そうなのか。何で月にうさぎがいるんだ。

「クレーターの模様がうさぎに見えることから…」

クレーターの模様がうさぎに見えるのか。

目を凝らしてみるが全くうさぎには見えなかった。

ゆっくりとだが確実に変わっていく景色に興味津々になっていると、いつの間にか目の前が真っ黒になっていることに気が付いた。

空が真っ黒変わってしまった。

あんなにも様々な色を持っていた空が真っ黒になってしまった。

僕の心は一瞬にして空しくなってしまった。

「最後まで見てくださってありがとうございました」

田中さんの声が真っ黒なプラネタリウムの中で静かに響いた。

黒い世界に僕一人。

まるでこの世の終わりのようだった。

僕は崩壊した世界から逃れるようにプラネタリウムから出ていった。




プラネタリウムから出た後は、さっきまで何となく見ていた模型やポスターが宝の山のように見えた。

いつもより景色がカラフルに見える。

世界ってこんなにも色があったんだ。

ここへ来た時よりも倍の時間をかけて館内を巡っていると、

「そろそろ閉館時間だから」

と田中さんに声をかけられてしまった。

プラネタリウムを見た後だと、田中さんの地味な服装も夜空みたいに微妙な色の違いがあることに気が付いた。

もしかして田中さんは相当おしゃれな人なのかもしれない。

そんなことは置いておいて、もうここから出ていかないといけないのか。

何だか寂しい気分だ。

またここへ来ればいいだけの話なのだが、今はここから離れたくない気持ちでいっぱいだ。

ここから離れたらこの景色は見えなくなってしまうんだから。

そんな僕を見てか田中さんはポケットから何かを取り出して僕に差し出した。

差し出されたそれを見ると、僕は凄くうれしい気持ちになった。




またまた館内にいたかったが、しぶしぶ出ていくと外はすっかり真っ黒になっていた。

何もない黒いだけの空。

こんな空では何も考えられな。

僕たちが空を見て何も感じなくなった理由が分かった気がした。

だからぼくはさっき田中さんに差し出されたものを取り出した。

田中さんに差し出されたもの。それは大きな月がプリントされたポストカードだった。

それを真っ暗な空へと掲げる。

真っ暗な空に真ん丸な月が輝いた。

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