第2章 廃墟と魔城
第013話 黄色いブタ
「うわっ、でかっ!」
木々が不気味に
その動く巨体はこちらを向き、僕を睨みつけた。
「もしかして、これが黄色いブタ?」
僕の質問に答える者などいない。もちろん目の前の巨大な動物が答えてくれるはずもない。
もはや動物というよりは、怪物と言ったほうが的確だった。
僕はブタの様子を伺いながら、二、三歩だけ後ずさった。
ブタはとてつもなくおっかない形相で僕を睨みつけている。
「おいブタ……。さん。ブタ君、いやブタ殿、落ち着かれたし。なにも僕は君を取って食おうなんて考えていない。後にも先にも、断じて。だから……」
ブタさんに僕の言葉が通じたのだろうか。黄色いブタは数歩後ろへと後退した。
だが次の瞬間、交渉が決裂していたことを知る。いや、そもそも言葉が通じないブタさんに交渉もへったくれもないだろう。
「逃げろーっ!」
誰に知らせるわけでもなく、僕は叫んで走りだした。
ブタは猛スピードで追いかけてくる。
当然、僕は自分の脚にパワーを与えて高速で逃げている。通常の半分の時間で踏み出す一歩は、通常の二十倍の距離を稼いでいる。それなのに、なかなか距離が開かない。それどころか、振り返るたびに距離が縮まっている気がする。
僕は高速で走りながらの魔法は使ったことがないが、ここはやるしかない。そう決心して唱えた。
「石壁!」
僕の後ろに巨大な石の壁がズズンと地面からせり上がり、ブタとの間に隔たりを作り出した。
しかし、石壁は大きな音とともにあっけなく破壊されてしまった。
「あれをもろともしないなんて、なんてブタだ。走りながらでイメージが弱かったか?」
僕は走りながら、とっさに次の魔法を思いついた。
石の壁が駄目なら、もっと強い壁を出せばいい。
「鉄壁!」
僕が叫んだ瞬間、背後にズンと地面から鉄の壁がせり上がった。そしてすぐにブタと鉄の衝突の音がこだました。
それはまるで鐘が鳴り響くかのような音色だった。
「やったか?」
鉄の壁はグニャリと形を変えているものの、どうやらブタを止めることには成功したらしい。
そう思った瞬間だった。鉄の壁が大きな音とともにもう一度変形し、そして地面に倒れた。
湾曲した鉄の塊は凸部を軸にクルクルと回転している。
「グオォォッ!」
ブタの
僕はもう一度走った。走って、走って、走りまくった。
森を出て、岩場を抜け、草原地帯に出た。この草原地帯は仲間との合流地点である。
「ゲン、ゲン!」
僕は猛スピードで走りながらゲンを探した。しかし、ゲンの姿は見当たらない。
それよりも、目の前にはさらに困った情景が待っていた。
あちらからも人が走ってくる。そして僕と同じように黄色い巨大ブタに追われている。しかも非常に怒っている。ブタの顔でさえそれが一目瞭然である。
「ラキ!」
追われているのはラキだ。あちらのブタはちょっと汚れた黄色い巨体にいくつもの斬り傷がある。
その様子は近づくにつれて明瞭になっていく。どうやら汚れた黄色に見えたのは火傷のようだ。
「さてはラキの奴、食い意地が張りすぎて、生きたまま焼きやがったな」
僕とラキの距離はどんどん近づいていく。
「どいて、どいてー!」
ラキが叫んでいる。
どいてと言われても、こちらも追われているのだ。横に避けようとすれば、ブタの巨体の
「ちょっと、こっち来ないでー」
「無理、無理ーっ!」
僕とラキの距離がどんどん近づいていく。足に黄色い光をまとい、ラキも高速移動をしている。
僕とラキの近づくスピードは相乗効果でとてつもない速さだ。このままいけば、二人とも二匹の豚に挟まれて押し潰される。
僕がいよいよ危ないと感じたとき、それは起こった。
体がヒュッと浮いたのだ。一瞬にして空高く舞い上がった。ラキも同様に舞い上がっている。
「ブタが衝突する!」
ラキが下を見て叫んだ。
二体のブタが猛スピードで近づき、ついにその距離がゼロになった。
「うそっ!」
飛んだ!
ラキを追っていたブタが、僕を追っていたブタを土台にし、僕らのいる上空へと跳び上がってきた。
すごいパワーだ。みるみる近づいてくる。
僕がまたしてもヤバイと思った瞬間だった。
例の余裕声で、妙なネーミングの魔法の言葉が発せられた。
「
僕らがいるよりもさらに上空から下にいるブタの方へ、空気を斬るかのように一直線に影が通りすぎた。
そして、ブタが強烈な雄叫びをあげながら地上へと落下していく。
さっき僕の傍を横切ったそれは、紛れもなくゲンだった。
地へと落ち、すごい音と砂埃を発した巨大ブタには無数の鞭の跡が残されていた。
ゲンは横たわった黄色い巨大ブタの隣に静かに立っている。その手には二本の黄色い鞭が握られていた。
「もう一匹いる」
僕は上空から、もう一匹のブタがゲンの方へと猛スピードで突っ込もうとしているのを見つけた。
「グリル」
ゲンがそう言った瞬間に巨大ブタを鋼鉄の格子が取り囲んだ。
ブタはそれにぶつかりあっけなく横転した。格子はびくともしていない。
「焼豚」
ゲンがまたつぶやいた。すると、格子に閉じ込められたブタが高熱の炎に包まれ、一瞬にして焼き上がってしまった。
僕とラキはゆっくりと地上へ降ろされた。
「ゲンが僕たちを空へ?」
「そうだよ。それくらい自分でやればいいのに、いつまでもやらないから」
「そりゃ、できないよ」
「できるよ。走るときと同じように高くジャンプして落ちないようイメージすればいいだけさ。飛びまわることだってできるんだよ」
「今度練習してみるよ」
そう言いつつ、僕は苦笑した。
「こんな魔法、初めて見た。そんなのどこで覚えたの?」
ラキはさっきまで追われていたのも忘れ、目を凛々と輝かせている。
「魔法じゃないよ。自分で創造したんだ」
ゲンはこれまでも何度となくラキに魔法ではないと教えているが、ラキはゲンの技を魔法だと信じきっている。
「レン、僕は初めて挫折というものを味わった。ラキにこの世界の摂理というものを知ってもらうことは
ゲンにも不可能なことがあったとは。
口に出しては言えないが、賢者が挫折するほどラキの物分かりが悪いということになる。
「でも大丈夫。ラキにはちゃんと創造する力をつけさせる」
「どうやって?」
僕が尋ねると、ゲンは魔道書らしきものを出現させて、ラキに手渡した。
「これ、もしかしてさっきの魔法の?」
ラキが目をルンルンとさせてそれを覗き込んだ。
だが、期待は大きく裏切られたらしい。
「これ、白紙じゃないの!」
「これはね、自分で自由に想像した魔法が使えるようになる魔道書だよ。もちろん、魔法を想像するときは一般的な魔道書のように精密な設計とともに想像する必要があるけどね」
「ふーん、私しだいってことね。分かったわ。これですんごい魔法を考え出してやるわ」
ラキは自信たっぷりだ。
「ずいぶんとあっさり成功したね」
「僕は賢者だからね。ただの物知り博士ではないのさ」
挫折する賢者にも不可能はないようだ。
「ところで、このブタ、食べるんでしょ? 早く食べようよ」
ラキの食欲はここまでくると芸術的とも言える。
究極の魔道書をもらったばかりなのに、もう目はこんがり巨大ブタに釘付けだ。
「でもこれ多すぎない? 二頭もいるよ」
その巨体は一体だけでも僕の百倍の体積を持っていそうだった。その重さがどれほどかなんて計り知れない。
「食える分だけ食えばいいさ。残りはほかのブタが食べるだろう」
「ブタって共食いするの?」
「君の思考が邪魔しなければね」
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