ピアノユニット作って文化祭を目指したら、いかにも青春って感じのラブコメが始まった
@sdyu
第1話 ピアノ少女との出会い
「今月中には決めたいなあ……」
ノートに視線を落としながら、川崎は呟いた。俯く顔にはさらりとした前髪が重なっている。
「たしかに」
「そうすれば準備が7月から始められるし……夏休みのロスを考えてもなんとかなるかも」
「うん」
「ちょっと!」
「ん?」
ノートから視線を上げた川崎は、唇を突き出してむっとした。
「全然話聞いてないでしょ!」
「いや……聞いてるよ!」
「嘘つけ! じゃあ私がいまなんて言ったか答えなさい」
「あぁ、それはなぁ……」
6月は半ばへと差し掛かり、三浦のクラス2年1組では文化祭委員が今日からスタートしていた。とは言え、文化祭が行われるのは10月の初旬。実感なんてまるでない。
三浦は慌てて思考を巡らせる。
夏休み……準備……ああ、そうだ。
「夏休みだろ? その……夏休みに俺と川崎さんで集まろうって話じゃ――」
「ちがう!」
「はっ」
「何よ『はっ』て。当たってたとでも思ってたの? ったくもう……」
川崎は俯いた。それから肩を震わせる。
「川崎さん?」
「……」
あれ? もしかして……泣いてる?
なんだか不安になってその顔を覗き込もうとしたところ、川崎は突然大きな声で笑いだした。
「あはははは!」
「……川崎さん?」
「はははは…… 何よいまの『はっ』てぇ……もう笑わせないでよ……はぁはぁ」
「あ、あはは……いや、まさか間違ってるなんて」
川崎はなおも肩を震わせながら、指先で眼の縁をぬぐった。
「もうっ。そうじゃなくて、6月中には出し物を決めようって話だよ」
「ああそうだったな。悪かった」
「三浦くんてそんな面白い人だったんだんだね」
そう言ってこちらを向いたくしゃくしゃな笑顔に、思わず心臓が跳ね上がった。
やっぱり委員になって良かったかも――。
「……じゃあ次はステージについてだけど」
三浦はそもそも、文化祭委員をやりたくて始めた訳ではなかった。クラスメイトにハメられ、寝起きに手を挙げたところで勝手に決まってしまっただけで、むしろ面倒だから避けたいぐらいだった。
ところが予想外だったのが、そのパートナーだ。
『私もやります』
クラス中が静まり返った。
きっと男子の連中は皆、青天の霹靂だっただろう。そして『話が違う』や『くたばれ三浦』などと思ったに違いない。
だって手を挙げたのは、学年のアイドル【川崎いずみ】なのだから。
無事に2人の立候補で文化祭委員の枠は埋まり、三浦にとっては嬉しくないけど嬉しいという良くわからない状況の委員会がスタートしたのだ。
「ということで絶賛募集中らしいからさ」
それにしても、本当に川崎は綺麗な顔をしている。
爪楊枝でも刺したらたちまち弾けてしまいそうな肌。くりくりした目と自然な涙袋。桃色の薄い唇はとても柔らかそうだ。1級品の可愛いパーツだけを取りそろえたような、そんな顔をしている。
いったい何を食べたらこんな顔になるんだろう。
そうやってぼうっと可愛い顔を眺めていたところ、川崎は机を思い切り叩いた。
「ちょっと三浦くん!」
「はうっ」
近い、近すぎる――。
川崎の顔が視界いっぱいに広がった。
「そ、その……川崎さん……」
「三浦くんぜんっぜんダメ!」
「……だめ?」
こくりと頷く川崎。前髪が僅かに揺れる。
三浦はとうとう至近距離に耐え切れず、背中を反らし、それから顔までを背けてしまった。
「ステージの話、聞いてなかったでしょ」
「ステー……ジ?」
川崎は大きくため息をついて力なく座る。それを見て安心した三浦も定位置に姿勢を戻す。酷く反り返ったせいで腰がぎりりと軋んだ。
「はああ……先が思いやられる……あのね、ステージが空いてるって話、こないだ全体の委員会で先生が言ってたじゃん。覚えてる?」
「あ、ごめん。えっとあれか、休み時間の利用だっけ」
「そうそう。あれ、まだ全然応募がなくて募集中なんだって」
文化祭では毎年、クラスごとの出し物とは別にステージ上でのパフォーマンスを募集している。ちなみに去年は1つ上の先輩たちが漫才をやっていて、三浦は爆睡の渦に飲み込まれていた。要するにつまらなかったってことだ。
「三浦くんなんかやれば?」
「冗談言うなよ」
「ははは」と川崎。
渇いた笑いが放課後の教室には却って目立つ。しかしこれがいい区切りになったようで、川崎はおもむろに立ち上がった。
「川崎さん?」
「……なんか集中切れちゃった。ちょっとトイレしてくるね」
「あ、うん」
川崎が抜け、教室は一気に静かになった。
何気なく時計を見ると時刻は16時を回ったところだった。どこか遠くから生徒のはしゃいだ声が聞こえる。分からないけどきっと校舎のどこかだろう、そんなことを三浦は意味もなく思った。
そして自分自身も席を立って、のんびりと廊下に出てみた。理由は特にない。強いて付けるならば、ひとりきりの教室が物寂しかったからだ。
「……ん?」
ちょうど階段に差し掛かったところだった。
何かが聞こえる。
CDか、それとも演奏してるのか、それは何かのメロディだった。
教室のある3階から4階へと階段を上がる。何故その音のほうに向かったのか、三浦は振り返ろうとはしなかった。ただただその音に吸い寄せられるようにして、気付けば最上階まで階段を上りきっていた。
「……別れの曲」
最上階の廊下は、ピアノの旋律のせいでオレンジ色に輝いて見えた。
センチメンタルな音色に導かれるよう、三浦は足を進める。音楽準備室を通り過ぎ、音楽室も通り過ぎる。
ようやく足を止めて見上げると、プラカードには『倉庫室』と書かれていた。これまで1度も入ったことがない教室だ。
なんて美しい音色なんだ。
三浦はどこか懐かしい気持ちを抱いた。悲哀に満ちた色のように感じるけれど、ところどころに甘さや優しさが滲み出てくるような、そんな不思議で、懐かしい音色だった。
いったい誰が……?
三浦は恐る恐る、倉庫室の扉を開ける。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない女子生徒の姿だった。
「同級生……」
大きなグランドピアノを操る少女。その胸には赤いリボンが付いている。三浦と同学年である証だった。
なんて美しいんだろう――三浦は呆然と少女の演奏する姿を眺める。
リボンと同じ赤いヘアピン、露わになった綺麗な額、強調された大きな瞳、遠目でもくっきりと分かるほどに潤った肌、旋律の抑揚とともに揺れる艶やかな髪。少女を構成するひとつひとつが美しく、三浦は中身がくりぬかれたように空っぽとなり、少女のほうへと引き込まれてしまった。
少女は三浦に気が付かないまま、穏やかな表情で、目を瞑りながら、静かに鍵盤へ指を運び続ける。弾いていると言うよりは撫でている……少女自身になったつもりで、三浦は頭上で鍵盤を思い描いてみた。
曲が終わるまでは一瞬だった。
そして演奏が終わって間もなく、少女と視線が合う。
2人の間に空白が訪れる。
「えっ」
驚いた少女は、慌てるようにしてピアノを離れ、後ずさる。
両手を後ろにして、三浦から視線を外す。さらに後ずさり、いよいよ窓に背中がぶつかった。少女は床のタイルを睨みつけ、明らかに困っていることは鈍感な三浦にも十分に分かった。
「えっと……その、ごめん」
「……」
「……すごかったんだよ」
「はい?」
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