第14話 四谷消防署の前にて
国道20号線と外苑東通りの大きな交差点、その一角にある四谷消防署。
私は広い歩道の脇に立って山下新之助が運転してくる車を探していた。
と言っても、山下新之助の車ってどんな車だ?
ひょっとしてスゲー派手な外車とかに乗ってるのか?
フェラーリとかランボルギーニとかの、あの、ドアが上に開くヤツだったりして。
私の目の前に急停車したランボルギーニから降りて来る山下新之助。
そして助手席側に回り込み、上に開くドアを跳ね上げ、優しい笑みを浮かべて山下新之助が言う
「坂口さん、待ちました?さあ、どうぞ」
私はスカートを気にしながら低い車高のランボルギーニの助手席に乗り込む。
深いバケットシート・・・が、シートベルトの締め方がよくわからない。
「シートベルト、こうするんです、分かりにくいですよね」
山下新之助が運転席から私のシートベルトをセットしてくれる。
彼の上半身が私に覆いかぶさるように・・・
ギャァァァァァ~~死ぬ~~!
天国じゃぁ~~パラダイス~~!
ハァハァハァ・・・
四谷消防署の前で一人で興奮する27歳バカOL。
と、その時、私の手前の歩道脇に急停車する一台の黒い軽自動車。
助手席の窓がスルスルと下がった。
「坂口さぁ~ん、こっちですー!早く乗ってくださーい!」
運転席で山下新之助が手を振っている!
えっ?軽?
私はその黒い軽自動車に駆け寄り、助手席のドアを開けて乗り込んだ。
ドアは上には開かなかったし、シートベルトの位置もすぐに分かった。
「すいません!坂口さん、待ちましたか?」
「いいい、いえ、だだだ大丈夫です」
山下新之助は軽自動車をすぐに発進させ、半蔵門方面に向かって走り出した。
車内のスピーカーからは小さな音量でFMラジオが鳴っている。
どこへ行くんだろう?
何を話せばいいんだろう?
緊張で頭の中が真っ白だ。
「すいません坂口さん、いきなりお呼び立てしちゃって・・・びっくりしました?」
「はい、ちょっと・・・」
ああああ、会話が続かない!
気まずい!何か話せ!アタシ!
「あの、山下さん、それで・・・どんなご用件でしょうか?」
うわぁ!何言ってるんだ、自分!
ここはまず当たり障りのない話題で場を和ませてから遠回しに本題に入るべきだろうがぁ!
「あっ!そうですね、何も話してなかったですよね・・・えーっと、何から話したらいいかな・・・あの、まず、僕の部屋に来てもらっていいですか?」
キターーーーーーーーー!!
いきなり?いきなりかよっ!
”雰囲気のいいバー”も”夜景が綺麗なラウンジ”も無しで、いきなり部屋かーーーっ!
そそそ、そう来たかっ!
よーし、全然オッケーだ!
受けて立とう! 我が心と行動に一点の曇りなし!
いや、でもここで『全然オッケーっす!』とか言っちゃったらスゲー軽い女みたいじゃん。
「え・・・山下さんのお部屋に、ですか?」
「あっ、いや、あの・・・そうですよね、いきなり僕の部屋に来てくれなんて、ちょっと常識外れですよね。すみません、謝ります、ごめんなさい」
「いえ・・・そんな」
いやいやいや、常識外れでも構わんぞ!
むしろ外れてくれ!
外しまくってくれていいのよ!
「どうしても僕の部屋で坂口さんに相談したい事があるんです。僕の部屋じゃなきゃダメなんです!約束します、変な事は絶対にしませんし、帰りたくなったらすぐに帰っていただいても構わないです!信用してください、お願いします!」
あれ?
何でそんなにマジなの?
何か思ってたのと違う。
「はい、分かりました・・・」
車は霞が関ICから首都高速に乗り、3号渋谷線を走って用賀ICで首都高速を降りた。
山下新之助は、緊張している私に気を使ってくれているのだろう、この前の撮影の件やちょっとしたプライべートな話題なんかを話してくれる。
私はガチガチに緊張していて「はい」、「そうですね」ばかりを繰り返していた。
用賀ICを降りて10分ほど走っただろうか。
世田谷美術館のすぐそば、砧公園の緑が見える閑静な住宅街に山下新之助の住むマンションがあった。
グレーのタイルで覆われたモダンな外観。
地下の駐車場に車を停め、私達はエレベーターで5階の山下の部屋へ向かう。
密室のエレベーターの中で2人きり・・・
スッゲー緊張する!もう吐きそう・・・
5階に着いてエレベーターのドアが開いた。
ダウンライトに照らされたオシャレな廊下。
山下が突き当りの部屋のドアにカードキーをかざすと、ピピッ!と言う音と共にロックが解除された。
「どうぞ、ちょっと散らかってて恥ずかしいんですが・・・」
「おじゃまします・・・」
玄関からの廊下の両脇に部屋のドアが2つ。
突き当りのドアを開けると、そこには20畳ほどのリビングが。
ひ、広い・・・めっちゃ広い!
家賃7万円のウチのボロアパートとはえれぇ違いだ。
「どうぞ、ちょっと座って待っててくれます?コーヒーでいいですか?あ、冷たい物の方がいいかな?」
「あ、はい、コーヒーでいいです、お構いなく・・・」
コーヒーか!コーヒーでもいいが、むしろ酒とかでもいいぞ!
いや、酒だ!酒でも飲まなきゃ緊張でぶっ倒れそうだ。
「すいません、インスタントですけど・・・僕、コーヒーとかあんまりこだわりなくて」
いいよいいよ、アンタが入れてくれたコーヒーなら一升だって飲める。いや、飲んでみせる!
それにしても広いリビング・・・さすが芸能人の部屋だなあ。
今まで何人の女性がここに来たんだろう?
ひょっとして、私が最初?
んなワケねぇか!
「あの、坂口さん、見てもらいたいものがあって・・・これなんですけど」
山下新之助はちょっと遠慮がちに私の前のテーブルの上に何かを置いた。
「え?あの、コレって…」
山下新之助が置いたものは、私がカバンに着けている、あのハゲが置いて行った物とまったく同じキーホルダーだった。
「同じ物、坂口さんも持ってますよね?この前の撮影の時に見かけて・・・」
どういうこと?
何で?
何で山下新之助がコレ持ってるの?
「山下さん、山下さんはこのキーホルダー、どこで手に入れたんですか?」
「それが、えーっとですね、話すとちょっと長くなるんですけど・・・」
「ひょっとして・・・山下さんの所に変な会社から宅配便が届きませんでした?」
「あ~っ!そうですそうです!いきなり宅配便が来て、変な機械やら粉末やら入ってて」
マ、マジかよ・・・
私の所だけじゃなくて山下新之助の所にも届いてたのかよ!
あ~、この話だったのね・・・
すっかり酔いが醒めた気分・・・
ん?つーコトは、ひょっとして、ひょっとして・・・
「坂口さん、ちょっと来てもらえますか」
山下新之助の後に付いてリビングを出ると、彼は廊下の途中にある部屋のドアをゆっくりと開けた。
何か・・・イヤな予感がする。
「どうぞ」
「えっ・・・!?」
その部屋の中には・・・
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