不完全な住民票
藤堂 有
1
住宅地図のとあるページを広げ、私は唸った。
地図と呼ぶには、ほぼ真っ白と言っていい見開きページ。地図に描かれているのは、左ページから右ページの中央付近まで引かれた道路を表す細い線と、すぐ隣の小さい長方形──建物だけだった。
一瞬印刷ミスを疑うが、そんな訳はない。民間会社が作成・販売している住宅地図だ、現地調査もしているのだろう。そして、窓の外を──遠くに見える青々とした山を見た。そう、あるのだ。遠くに見えるあの山に、この地図に書かれている小さい長方形が。
とは言え、溜め息も愚痴も漏れ出してしまう。
「町のはずれもはずれ、他に集落が無い所じゃないですか。……絶対住んでませんってぇ……運転嫌なんですけど……」
「語尾伸ばしても可愛いないし、心の声がダダ漏れや。居住確認しているか、ちゃんと調べるのも俺たちの仕事やぞ」
それはそうだ。やりたいとかやりたくないとかではなく、これは仕事なのだ。やるしかない。終わった頃には、なんてことなかったなと思う方が多いものだ。
それより、この先輩──
「まあ、公用車で山の中を走りたくはない気持ちは分かる。けど、ええやないか。運転の練習になって。市街地だけやのうて、山間部の道に慣れといた方がええ。ここで働くんやったらな」
逢野さんは私の顔の前にずい、とキラキラと銀色に輝くものを差し出した。近すぎてピントが合わない。一歩下がる。車の鍵だった。鍵の後ろで、7号車と手書きされたプラスチックタグが揺れた。
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