知らんうちに異世界に転移して、よくわからないうちに奴隷を購入させられて、そいつが超絶有能でてんてこまいな異世界ライフ

@teki-rasyu

知らない国

第1話 見知らぬ天井(空)

 最初の違和感はベッドの感触だった。

 やけに硬いし、変な匂いがする。

 それは土に生い茂る、草特有の青臭い匂いに近いものだ。

 そよ風が体を駆け巡り、肌寒さを感じさせる。窓は閉めていたはずだ。

 それに今は冬だ。こんなに心地よいものではない。

 じゃあ、一体……。


「どういうこと?!って、まず!」


 ぺっと吐き出すば、唾液で泥みたいになった土が雑草の上に乗っかる。

 ……雑草?!なんで、そんなものがウチに?というか、よく見ればここは外だ。

 上を見上げれば、雲が一切ない綺麗な青空。

 うわー、素敵……じゃなくて、どうしてこんなところに?

 確か部活から帰って、疲れてそのままベッドの上に転がり込んで、寝たのは覚えている。

 そして、起きればお母さんがご飯の支度を終えて、美味しいご飯が食べれたはず。


「なんで?」


 嘆息が漏れる。

 思考を巡らせるが、何が起きたのか、ここからの打開策も思いつかない。

 とりあえず、自分の持ち物を確認する。というかそもそもあるのか。

 横をチラリと見れば、学校のカバンがそこにあった。


「よ、よかった。何が使えそうな物の一つや二つぐらいはあるはず」


 中には部活で使ったタオルや残りわずかな水筒、心もとない財布、朝読書用の本。後は教科書や筆記用具等の見たくない物。

 今この場で使えそうなものは何もない。


「ま、まあ何もないよりかはマシだよな」


 出した物をカバンの中に戻し、これからどうするかを考える。

 まずここがどこかわからない以上、どう行動したら良いものか。

 家に帰ることが最終目標だとして、そこからの過程が重要になってくる。

 とりあえず、カバンを持って周りの散策を開始することにした。

 何事も情報からだ。情報がなければ、何も考えることはできない。

 近くに森があるけどそこは一旦避けて、目の前にある野原を歩くことにする。

 森に背を向けてある出した時、人の声が聞こえた。


「ちっ!引き際を見誤りました!こんなところで死んでたまるか!」


 男の声。後ろからだ!

 カバンを放り投げ、大地を疾走する。

 入りたくもない森の中を駆け抜け、草木が肌を傷つける。

 ジャージだったのが幸いして、顔や手の甲を傷つけるだけで済む。


「はぁはぁ、あっちに行け」


 いた!

 狼に襲われている男は、背後にある木によって退路を絶たれていた。

 最後の抵抗として、追い払うために石を投げつけているが、一切怯んでいない。

 自分も足が怯むし怖い。

 でも、あの人がピンチなら助けない道理はない!

 走ってる勢いのまま膝を突き出し、先頭に立つ狼の顎に飛び膝蹴りを喰らわす。

 キャウンと痛そうな声を上げて、地面を転げ回る。……罪悪感が。

 それはともかく男の前に立ち、視線だけを送る。


「大丈夫ですか?怪我はしてないですか?歩けますか?」

「あ、ありがとう君。ちょっと足を挫いてしまってね。もうダメかと思ったよ」


 いや、お礼を言われても、まだまだピンチなのだけど。

 さっきので狼たちは警戒をしているだけで、ちょっとでも隙を見せたら、すぐに襲ってくるだろう。

 彼は足元を押さえて痛そうにしてるし、これでは走って逃げることは叶わない。なら…。

 膝を地面につき、手のひらを腰の位置で空に向ける。


「な、何を?」

「良いから早く乗って!」


 そう叫ぶ。

 初対面の人間を信じろっていう方が難しいかもしれないけど、自分が出来ることはこれくらいしかない。

 男はちょっと戸惑ったようだが、意を決したように背中から抱きつく。

 おんぶとなった状態で、その場に立ち上がる。


「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「……陸上部を舐めないでください」

「りく、え?」


 初めての経験。でも、体は温まっているし、大人1人分くらい余裕だろ!

 重くなった足で地面を蹴る。

 元来た道を辿る。体の重心がズレて走りづらい…けど、無理ではない。

 ここから少しずつ加速をして、あの狼たちを振り切る。

 頬が風をくすぐるの感じる。そうこの感覚だ。

 自分がトップスピードになった時に起きる、気持ちいい感覚。

 でも、まだ上がりそうだ。

 ゾーンに入っていく。抗うことなく海の中に沈んでいくような感じだ。

 何をしていたのか忘れるぐらいの没頭。

 やがて森を抜けた頃に、自分の意識が覚醒した。


「はぁはぁはぁ」


 肺が痛い。頭の中がぼーっとする、脳に酸素が行き届かないのがわかる。

 この達成感とやり切った感が好きだ。

 でも、まだ安心はできない。

 背後を振り返って、狼達が追いかけてきていないことを確認する。

 どうやら逃げ切れたようだ。見た目の割に、あまり足は速くないのだろうか?

 普通であれば、人間が狼を振り切れることはない。

 ……単純に運が良かっただけと捉えることにする。今は何も考えたくない。

 男をおろし、その場に座り込む。


「ありがとうございます。おかげで命拾いしました」

「はぁはぁ、いえ、当然のことをしたまでです」

「お優しい方ですね。よろしければ、貴方のお名前をお聞かせ願いますか?」

「僕の名前は……神崎凛って言います」


 一瞬、本名を言わないでおこうかと思ったが、良い人そうだったので素直に答えた。


「カンザキリンさんですね。私はクロード・ゼルロスと言います」

「クロード……外国の方ですか?」

「いえ、むしろカンザキさんのほうが外国の人っぽいと思いますが」


 いや、名前と容姿からして、そっちが外国人ぽいのだけど。

 日本人らしからぬ白髪に、司祭のようなローブを身にまとっているのだから。

 そして何より日本語を話している。だいぶ流暢な言葉使いで、慣れ親しんだように思える。

 まあ良いや。彼が言いたくないのなら、そういうことにする。


「……ところで、何故あんなところにいたんですか?」


 登山家や地表を調べる人以外で、好んで森の中に入る人はそういないと思う。勝手な偏見だけど。


「少々在庫処分をしていただけです」

「在庫ってことは、何か経営をしているんですか?」

「はい。ですので、何かお礼をしたいのですが」

「それはありがたいです」


 これは棚から牡丹餅。いや苦労はしたか。

 不法投棄には一旦目を瞑るとして、とにかく今は少しでも物資が欲しい。特に食べ物。

 夕飯前だったから、ものすごくお腹が空いている。


「そうですね。私の場合は専門店なんですが、きっとお気に召しますよ」

「それは期待できますね。一体なんの?」


 この時までは、勝手に食べ物を想像していた。

 でも、現代に生きる人は耳慣れない単語が飛ぶ。


「奴隷です」

「……え?」


 聞き間違いじゃないだろうか?


「私は奴隷商を生業としています。品質や数には自信があるんですよ」


 あ、聞き間違いじゃない。

 この場から逃げ出したい……けど、足が立つことを拒否する。


「命の恩人様ですからね。お安くしておきますよ」


 クロードは薄らと笑う。

 あ、逃げられない。若干15歳の子は察する。

 高校に入学したばかりの人の子は、犯罪者への道を一歩踏み出したのだった。

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