凶気の呼び声

板倉恭司

陽一、トラブルに見舞われる

 西村陽一ニシムラ ヨウイチは、キーボードを叩く手を止めた。

 ようやく小説が書き上がったのだ。今回の作品の出来には自信がある。ひとりの男の苦悩と再生を描いた純文学的な作品だ。今回は書き終えるまでに苦労した。

 陽一は、出来上がった作品をサイトに投稿する。とはいえ、今回の作品も無理だろう。自嘲の笑みを浮かべた。


 この十六歳の少年は、とある小説投稿サイトにユーザー登録している。そのサイトからは今までに、何人ものアマチュア作家がプロとして巣立って行った。人気のある作品は書籍化されるし、さらに映画やドラマ、アニメなどになったりしているものもある。

 しかし、それはあくまで人気のある作品だけだ。陽一の投稿する作品は人気がない。これまで三本の作品を投稿したが、反応は皆無である。読者からの感想のメッセージなどもらったことがない。

 そう、このサイトにおいて人気のジャンルは、トラックに轢かれて死亡した引きこもりのニート少年が中世ヨーロッパ風の異世界に転生して大活躍する、というようなファンタジーだ。サイトのランキング上位にいるのは、そういった類いの作品ばかりである。

 陽一の作品は、ランキング圏外である。いや、ランキングどころか……アクセス数は0が当たり前の状態だった。

 作品を投稿した後、他の投稿作品を読もうとあちこち見ていた。不意に、ある一文に目が止まる。


『幻界突破!』、ついに書籍化決定!


 唖然となった。この『幻界突破!』とは、話が雑で展開はご都合主義、どこかで見たような設定を無理やり繋ぎ合わせたような作品だったからだ。もっとも、常にランキング上位にいる作品ではあったが──


「ふざけるな!」


 喚きながら、壁を殴りつける。なぜ、こんな作品が? まともな文章にすらなっていない、こんな作品が?


「ざけんじゃねえよ!」


 もう一度壁を殴る。その時だった。


「うるさいぞ!」


 父の怒鳴る声。さすがに黙らざるを得ない。気分を落ち着けるため、しばらく部屋の中を歩き回る。だが、部屋の中は狭い。陽一は頭を冷やすため、そして歩くことで気分を落ち着かせるため、外に出ることにした。このまま家にいたら、また家族と揉める事になりそうだ。




 十五分ほど歩いてみたが、まだ気分は晴れない。いや、さらに不快さがましたような気がする。

 以前から感じていた。あの『幻界突破!』という作品は、本当に酷い。オリジナリティの欠片もなく、ただただ受けそうな要素のみを色んな作品から継ぎはぎしただけ。紛れもない駄作だ。そんなものが書籍化されるとは。

 陽一は、怒りに任せて歩き続けた。外を出歩くのは嫌いだったが、家族と揉めるのはごめんだった。

 今の時刻は午後十一時である。この辺りは閑静な住宅地のため、人通りはほとんどないはずだった。

 しかし、前から二人連れの若者が歩いて来る。何やら大声で語り合いながら歩く姿からは、知性や品といったものが感じられない。表面的なもので全てを判断するタイプに思えた。

 そう、『幻界突破!』のような作品を評価し、書籍化させてしまうタイプの人間──


「おい! ちょっと待てや!」


 すれ違った直後、腕を掴まれた。思い切り引っ張られる。

 目の前には、若者の顔がある。鼻と耳にピアスが付いている。体は痩せているが、目は残酷な光を帯びていた。獲物をいたぶる獣のような表情を浮かべている。


「ぶつかっといてシカトはないでしょシカトは!」


 言いながら、ピアスの男は襟首を掴む。

 陽一の怒りは、一瞬にして消えていた。代わりに、全身を恐怖が蝕んでいく。今になって後悔し始めた。なぜ、道を譲らなかったのだろう。なぜ、避けなかったのだろう。なぜ、ぶつかった直後に謝らなかったのだろう。

 そもそも、なぜこんな場所を歩いてしまったのだろう。


「何とか言えや! クソガキ!」


 ピアスの男は陽一の襟首を掴んだまま、力任せに引き寄せて歩き始めた。

 陽一は、もともと気弱な少年である。喧嘩など、したことがない。されるがままに引きずられていく──


「ぶつかられてケガしちまった俺が、正当防衛させてもらうからよ。ついでに、慰謝料もあるだけよこせや」


 言いながら、ピアスの男は振り返り、仲間に声をかけた。

「おい澤部、川田や八木も呼ぼうぜ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る