第12話 それから三年後の春
ゆめが月に帰ってから約三年半。はじめは大学四年生になっていた。
あのあとはじめた猛勉強のおかげで、無事にT大文学部に合格。古文専攻で、大好きな古文漬けの毎日を過ごしている。
ゆめはまだ、
はじめはT大の着物生活同好会なるものに入会し、好きな着物を存分に楽しむ生活。祖父や、父親の着なくなった着物、母親がよろこんで誂えてくれた着物が、日々の生活を彩る。
かえでもみごとT大医学部に合格。だがそれを蹴って、イギリスに留学していった。もともとそれがお父さんとの約束だったそう。
遅れること一年、夏樹もイギリスの獣医学部へ留学した。なんだかとんでもないやつだ。付き合ってるかどうかは、不明だが同じ留学専門の塾に通っていたところまでは噂で聞いていた。
桜吹雪の美しい4月の初旬。無事に執り行われた入学式のあと、にぎやかに一年生のサークル勧誘が行われた。
サークルの勧誘のビラをたくさん持った一年生があちこちで声をかけられている。きゃっきゃと楽しそうな声が、キャンパスに響く。
「せんぱーい、もうちょい向こうの方にブース作らないと、人来ないですよ」
同好会の後輩が、少し静かなところを選んでブースを構えたはじめに声をかける。
「いいんだよ、たくさんいなくて。好きな人に来てもらえば」
「僕、向こうのほうでビラを配ってきますね」
同好会の元気な女の子たちと一緒に、後輩も勧誘へと出かけていった。
はじめはふーっと息をついて空を見る。月が青空に浮かんで、白く光っていた。
「いつ、来るのかな……もうこないのかも」
ばたんと長机に突っ伏して想いを巡らせる。
ゆめを待っている3年半は、300年くらいの長さに感じている。勉強がたのしいおかげで、気を紛らわせることはできたけど会いたい気持ちは日に日につのる。
「はじめせんぱーい!! 入部希望者の子、連れてきましたよー!!」
はっとして体を起こす。
「はーい、ありがとう。じゃあこれに名前、か、い、て……」
名簿に名前と連絡先を書いてもらおうとバインダーを渡そうと、入部希望の子の顔を見たとたん、はじめはイスから落っこちた。
「大丈夫です? 先輩のこと探してたんで、ついでに勧誘して連れてきちゃいました。お知り合いですか?」
そう言う後輩の声なんか、はじめの耳にはもうまったく聞こえていなかった。
ツヤのある黒髪、くりくりの目。華奢な指先で水色のワンピースに身を包んだ女の子。
「はじめ! お待たせ!!」
はじめはヨタヨタと立ち上がり、腕を大きく広げたその子をぎゅっと抱きしめた。
「遅い、遅い、遅いよー」
「ご、ごめん。あっちだとすぐ時間たっちゃって……」
「もう、来ないかと思ってた」
「そんなわけないじゃん」
「ゆめ、おかえり」
はじめはゆめと唇を重ねた。前よりも深く、強く、艶かしく……。
「んんっ!!」
聞き慣れた声がしてぱっと唇を離す。
「はじめさま!!」
「あれ、朔さんも来てたの?」
「はい、いろいろご説明に」
「いいよ、説明なんて」
くすくすと笑いあう声が春の温かな陽気のなかに響いて、空へ舞い上がった。
(了)
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