第10話 大縄跳び大会
時刻は16:15。まだ人は少ないが確実に集まりつつある。会場の広場に、はじめ、ゆめ、かえで、詩織の4人が到着し、本部のセッティングをしているところへ夏樹たちが大量のお菓子を持ってやってきた。
「おつかれさま、ありがとう!」
はじめがにこやかに迎える。
「お前、ほんと人使いあらいよな」
夏樹が呆れたようにお菓子を置きながら言い放つ。
「ごめんね、それより問屋さんの動画みたよ! いい宣伝になった」
「SNSの方はどうなってんだよ」
長縄大会の宣伝と、消失加工した動画がSNSで広まると、西野弥生は焦ったのか、案の定ゆめがウサギに化けることを暴露した。
はじめの思惑通りに進む。さあ、あとは長縄跳び大会を楽しむだけだ。
わらわらと集まってきた人たちを、グループごとに分けていく。約10人のグループにかえでが手際よく分けて行き、27チームできた。
いっぺんにやるのは難しいので9チームごと、3回に分けて行う。
16:53。さぁ、そろそろ西野弥生が姿を見せる頃。そう思っていると、見張りの零から連絡がくる。風貌はゆめから細かい情報を入手していた。
『西野弥生登場。もうカメラ回してるっぽい。よろしくな』「詩穂さん、お願いします!!」
詩穂が力強くうなづくと、西野弥生のところまで駆けていった。向こうは二人。西野とカメラマンの男。
生配信動画を、はじめはスマホで同時にチェックする。
「話題の少女は加工動画をアップしてきていますが、対決を長縄でしようと言うのでしょうか」
なんか素人ダダ漏れの実況。でもこれが西野さんの初動画になるわけだし、
「こんにちはー!! お騒がせしてすみません!! 全ては私の動画加工のせいなんですー!!」
いきなり詩穂がカメラの前に立ちはだかる。
「あなたが連絡くれた方ですか?」
「いぇいいぇーい!!」
周りの人も気がついて、弥生の周りに集まる。動画に映ろうと人だかりができる。昭和の懐かし映像で見たことあるような光景だ。
「あなたも長縄やりましょー!!」
詩穂とゆめが入れ替わっているとは気づいていないようだ。今だとばかりに、かえでが拡声器越しにファンファーレの音をスマホで鳴らす。
「お集まりいただいたみなさん、ありがとうございます。消失事件は実は私たちの動画加工ドッキリでした。お騒がせして、申し訳ございません。お詫びに、みなさんと大長縄大会を企画しました! 夏休みの思い出にみんな楽しんでくださいね!!
今から練習時間を10分与えます。縄の本数が限られますのでそれぞれ指示に従ってください。ルールは3分以内で何回跳べたか、です。小学生のいるチームはアドバンテージを人数分回数にプラスしてつけます。さあみなさん楽しんでやりましょう!!」うまくかえでがみんなを煽り、うおーっ!! と地鳴りのような声と、かちどきが聞こえる。みんなやる気だ。
小学生が多いせいか、長縄でも盛り上がってくれたようだ。西野の生配信も、自分のチームの紹介にうつっている。思いのほか、西野はいい人かもしれない。
長縄大会は問題なくすすみ、みんな汗だくになって全チームの長縄跳びが終わった。
優勝チームにはお菓子の詰め合わせを特別に2つずつプレゼント。小学生はブーブー言ってたが致し方ない。時間がなかったんだ……。
俺たちスタッフ? 全員総出で参加賞をみんなに渡した。これっぽっちかと怒る小学生の多いこと。文句言うならあげないぞ。
みんなに参加賞を配り終えた後、西野が食らいついてくる。詩穂にカメラを向けてなにかやっていた。
動画を見ると、詩穂にウサギになれるのかと聞いている。
「なれるわけないでしょ? あなたたちの頭の中、どうなってるんですか?」
「でも、私みたんです!! ほらこの子も見たって言ってます!!」
どこからともなく、あの雪という女の子を連れてきて証言させる。
「うん、多分お姉さんはウサギに変身できるよ!!」
雪のにこやかな笑顔。本当に見たわけじゃないとは思うけど。
「わかりました。そう言うと思って、マジックショーを用意しています!!」
「へっ!?」
そう来ると思っていなかったのか、西野は変な高い声を出した。「あそこを見てください!!」
広場の隅の、野外劇用ミニコロシアムに例のテーブルを用意しておいた。
「さあ、マジックショーをはじめましょう!!」
かえでにアナウンスを頼むと、まだ帰っていなかった子どもたちや迎えにきた親たちが、ミニコロシアムに集まってきた。
かえでの司会で、ショーが始まる。西野はど真ん中の1番いい位置につけていた。時刻は18時15分を回った。
「さあ! 本日のメインイベント!? マジックショーのお時間です!!
目を凝らしてよーくご覧あれ!!
さあ、ウサギ変身疑惑のあるこのお嬢さま!! 本当に変身するのでしょうか?」
例の机の上には大きな箱があり、その中に詩穂が入った。
「さあ、みんなで唱えましょう!! メケメケ、テケテケ、とんちんかーん」
あまりの呪文に、ザワザワして誰もついてきてないけど助手の零は、詩穂の入った箱の側面をパッと開けた。零、さっき練習した分なのに、うまくやっている。
すると中には、かわいらしいウサギの姿だけ。詩穂の姿はない。オーッ!! とかすごーい!! という声があちこちで上がる。詩穂はどこへいったのか。ウサギを抱いたまま、零がもう一度、箱の側面を閉じる。
「さあ、次はどうなるか?? みなさんで唱えましょう! メケメケテケテケとんちんかーん」
2回目ともなると、慣れた人は一緒に呪文を唱えた。
すると、箱の上の蓋がバッと開いて、またもや詩穂が登場した。拍手喝采、雨あられ。最後はもう一度箱を閉めて呪文を唱え、出てきたウサギとツーショット。
「ごめんなさい、たぶんマジックの練習を見られてしまっただけだと思います。お騒がせしましたー!!」
詩穂が、みんなに叫んで手を振った。
歓声をバックに動画配信も終わるところだった。見てる人もけっこういたみたいだし、T病院の後援があったと伝えてあるし、なんとか丸くおさまったかな。わらわらと参加者が帰る中、西野弥生が項垂れて帰って行くのが見えた。たぶん西野も雪と同じで、本当に変身する姿を見たわけじゃないのだろう。
とにかく長縄大会が無事に終わり、ゆめの事件も火消しはできた。明日ゆめが帰れば姿を見られることもない。騒動はすぐ収束するだろう。
そう胸をなでおろしながら、片付けをしてみんなで今年家に帰る。
「なぁ、ゆめは? あいついないぜ?」
夏樹が不思議そうに言う。
「ああ、調子悪いからって言って先に帰ったよ。部屋で休むからみんなによろしくって」
「……そっか」
夏樹は納得がいっていないようだったが、黙って歩くだけだった。当のゆめはというと、詩穂さんの腕の中ですうすう寝息を立てている。
いいか悪いかわからないけど、楽しむことはできた。西野弥生が気になるけれど、これでよしとする。
帰ると、向田がみんなの分のカツ丼を作ってくれていた。もうクタクタのヘトヘト。みんなはガツガツ無言でカツ丼をかけ込むとそれぞれ帰り支度をはじめた。
「みんな、あのさ」
はじめが声をかける。みんなの動きがぴたりと止まる。
「急なんだけど、ゆめは明日、家に帰ることになったんだ」
「ええっ!? 追われているのに、家に帰るの?」
「はじめ、それだけはやめさせろ」
かえでと夏樹が慌てる。そうだった、そういう設定だったね。
「いや、あの次の親戚の家にいくんだよね? 朔さん?」
朔は急に話しかけられたにも関わらず、臆することなく説明した。
「はい、そうです。お世話になりました」
誰もそれ以上深く訊いてこない。
わかった、と小さく夏樹が言うと、みんな思い思いにうなづいた。
「明日、塾に行く前に家に寄るね、ゆめちゃんにお別れ言いたいし」
かえでと夏樹は朝家に寄り、零と詩織は明日は都合が悪いらしくよろしく言ってくれとのこと。向田はいつも通り出勤。朔さんは明日の午前中で仕事を終え、16時までにはここに戻るそう。
みんなを玄関まで送る。それぞれが挨拶をして、夕闇に去って行った。
家の中がシーンと静かになる。玄関で一緒に見送っていたウサギのゆめを抱き上げる。すりすりと頬を寄せるとゆめは気持ちよさそうにしていた。
「ゆめ、ありがとう。うまくテーブルに隠れたね。狭かったでしょ?」
月の入りの少し前からゆめにはマジックショーのテーブルの下に隠れてもらっていた。
変身の時間もそこで迎えた。冒険だったけど、思いのほかうまくいったように思う。
「きょうは疲れたね、ゆめもゆっくり休んで」
祖父の部屋の前まで送ると、ゆめははじめのズボンの裾を噛んだ。
「どうしたの?」
ぐいぐいと祖父の部屋までひっぱる。
「まさか、一緒に寝たいの?」
コクコクとゆめはうなづく。
「……、ねえ、ゆめ。僕もできれば一緒に寝たいんだけど、たぶん無理だと思うんだ。明日の月の出は4時18分。そしたらゆめは裸でしょう? その……ね?」
ゆめは首を傾げていたが、ピョンと飛び上がると祖父の部屋へ一目散に入って行った。
「ゆめ、おやすみ。明日は少し東京観光しよう? 朝、起こしにくるね」
暗い室内に声をかけて、襖を閉めた。
はじめは二階の自室に戻り、息をついてベッドに倒れ込む。
明日、ゆめが帰るのならここまでしなくても良かったのではないだろうか。でもなんだか火消しをした方がいい気がしたんだ。なんでかはよくわからないけど……。
明日でゆめとはお別れなんだ。まだ実感が湧かない。はじめはゴロゴロしている間に眠りに落ちていた。
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