第3話 ワタシと彼の初めてのキャンバス

 これは、私―――藤峰雫と彼―――須賀沢夏景のお話。



 彼と出会ったのは、高校入学し、同じクラスになったことがきっかけだ。ありきたりな出会いからの付き合いだったが、当時の私は、幸せいっぱいだった。彼と別れるまで、不幸だったことはない。彼といれば、辛いことなんてなかったし、今でもあの期間だけは、私にとっての人生のピークだと言っても過言ではない。そのくらい、彼は、私にとってはかけがえのない存在だったのだ。


 そして、初体験ももちろん彼だ。

 忘れもしない高校2年の夏、学校の空き教室でのことだった。


 その日は、風が良く通るさわやかな青い空が広がっていた。美術部に所属していた私は、秋の作品コンクールに向け、キャンバスに絵の具を塗っていた。私の描いていたのは、春の公園でのワンシーンだった。桜が咲き誇る公園のベンチでサンドウィッチを食べる恋人を描いていた。この恋人というのは、私と彼だ。想像ではなく、実際の写真を参考にしている。趣味で写真を撮っているおじさんが私達を見て、背後から写真を撮っていたのを後日、再び公園に訪れた時に渡された。ムッとした表情の彼に気付かず、私は、喜んでその写真を受け取ったのが懐かしい。


 「雫」


 午後3時頃だったろうか、彼は、Tシャツに短パンというラフな格好で教室の出入り口に立っていた。彼は、どの部活動にも所属していなかったので、私を迎えに来たことは明らかだった。


 「来てくれたんだ」


 こういったことは、ほぼ毎日のことだった。彼は、私を待つ間、図書室で借りた本を読んだり、スマートフォンを触ったりと、静かに黙って待ってくれていた。最初こそ、作業を早く終えなければという焦りもあったが、彼が「急がなくていい」、「好きで来てるだけだからずっと待つ」なんて言ってくれるものだから、今となっては、もう慣れたものだ。


 その日は、午後4時になる前には、帰る準備をして美術室を出た。

 二人で他愛のない話をしながら、仲良く並んで廊下を歩く。互いの手が触れ合う。

 一瞬、沈黙が流れる。

 そして、どちらからでもともなく、自然に指が絡まる。汗ばんでいても気にならなかった。それくらい夢中だった。これは、教室札のない空き教室の前でのことだった。

 だから、空き教室の中に入るのも自然な流れだった。入ると彼は、鍵を閉める。彼は、私の手を引き、窓際まで行く。彼は、私のことを抱き上げると長机の上に座らせる。額に汗が滲んでいる彼の顔が近づく、目を閉じると、それが合図であったかのように、私の唇に彼の唇が何度も押し当てられる。その口づけは、次第に深くなり、口内には彼の舌が侵入する。私もそれに答えるように必死に口を開け、受け止める。

 

 「んっ、ん……」


 「はぁ、雫。好きだ」


 「わ、たしも……あっ」


 彼は、私の着ていた制服をずらし、鎖骨に吸い付く。ちくり、とするその痛みは、彼からの愛情の印だとわかっていた。彼は、着ていたTシャツを脱ぎ、机の上に放り投げる、そして、私の着ていた制服のセーラーのスナップボタンを丁寧に外し、脱がせる。制服も同じように彼の服の上に重ねられた。

 

********


 二人で長机に横になり、ぴったりとくっつく。


 「……こんなとこで寝てたら熱中症になっちまう」


 「夏景くんのせいじゃん。こんな姿で発見されたら二人とも退学かな」

 

 「ふっ、理由が恥ずかしすぎんだろ」


 「親に顔向けできない。ギルティだね」


 「俺ら同罪だよ」


 「……夏景くん、初めて、もらってくれてありがと」


 「俺に初めてくれてありがとう」


 キスをした。甘くはなく、汗の味がした。

 これが、私の甘い、甘い、とてつもなく甘い、初体験だ。

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