日常はラララ

鷹園十一

 「あ、おはよう」

 二階から降りてきた鈴(すず)が私を見るや否やそう言った。

「おはよう、じゃないでしょ。何時だと思って

 るの?」

 時刻は午前十時、普段であれば彼女は大学に行っている時間だ。

「今日はおやすみだから」

 相変わらず可愛いが妹馬鹿だとは思われたくないし、もう二十八、所謂アラサーであるため落ち着いた人間でありたい。この世の全てのものに「かわいいー」と黄色い歓声を上げている場合ではない。

「お姉ちゃん?どうかした?」

 鈴が私の顔を覗き込んで言う。「うぅん、大丈夫。なんでもない」と、頭に浮かんだ言葉たちを適当に紡いで誤魔化した。

「そういえば今日、唯(ゆい)はやく帰ってこられ

 るらしいよ」

 唯も妹である。鈴からしたら姉だ。

「そうなんだ」

 スマホをいじりながら報告する鈴を横目に見ながら返事をすると、突然電話がかかってきた。

「もしもし凛(りん)か?充(みつる)です」

 父だ。

「なに?」

 電話先の声は申し訳なさそうだった。

「父さん今日、急な商談と決起会で帰れなそう

 なんだ。申し訳ないけど三人でどうにかして

 くれるか?」

 少し心配性なところがある父は、このように昔から私たちのことを気遣う。もう五十八歳である。

「全然大丈夫だよ。鈴もおやすみだし唯も早く

 帰って来られるみたいだから」

 父は安心したのか「そうか」と一言呟いた。

「じゃあ分かった。どうにかするから、お父さ

 んも無理しないでね」

 父が「ありがとう」と言い、電話を切る。私はスマホを置いて作業に戻る。鈴は笑いながら動画を観ている。そんな景色が私の目に映る。今日も特に何も起きない日常が始まるのだと、ちょっとした覚悟を決めた。

 

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