第43話 【過去】はじまり


小学5年生の時の事だ。


両親とドライブに行った時に事故にあった。


山を車で走っている時に反対車線を走るトラックが車線を大きくはみ出してきて、正面衝突…俺は車から投げ出され、体に凄いショックを感じた。


意識はあるが体が動かない。


目が見えない。


だが、自分が水溜まりに居るような気がした。


生臭くてドロドロした水溜まり…もしかしたら血なのかも知れない。


流れる水は熱い…それに対応して体は段々と冷たくなっている。


目が焼けるように痛い。


『目が見えない』そう思って触ってみると何かが刺さっていた。


体が更に冷たくなる。


「瞳…大丈夫…瞳…」


「瞳…大丈夫か…瞳…返事を…」


親の声が弱弱しく聞こえてくる。


僕は


「うぐっハァハァ…」


ただ、うめき声を出しているだけだ。


多分、もう死しか待っていない。


両親の声も小さくなり聞こえにくくなってきた。


「瞳…瞳…」


「だい…じょうぶか…瞳」


多分、僕はこのまま死ぬのだろう…


そして両親も死ぬのだろう。


全て此処で終わる…


音が聞こえなくなってきた。


雑音、鳥の声も聞こえない…


ただ、ただ無となり、何も聞こえない闇の世界。


だが、それでも両親の声が聞こえてくる。


「そこの貴方…息子を助けて…」


「ヒューヒュー…息子を…頼む…」


『わらわに頼むと言うのか人間よ…わらわは清堕天姫(せいだてんき)仏になる素質を持ちながら、人を喰らう事を止められなかった鬼の姫…天に尤も近い妖鬼じゃ』


これはきっと幻なのだろう。


「だれでも良いです…息子を…」


「おねがい…」


『そうじゃのう…見ての通り、わらわは毘沙門天に追われておる。もう逃げられぬ…どうじゃ? お主らを食わせてくれるなら…その子を救ってやろう…』


「この身で息子が助かるなら…おねがいします」


「頼む…」


多分、これは幻聴…見えないけど普通じゃない事だけは解る。


そんな事しないで良いよ…お父さん、お母さん。


『ならば契約は成立…頂くとしよう…頂き』


「「…」」


『どうやら死んでしまったようじゃな…まぁ良い約束じゃ、最後の晩餐を頂くとしよう…頂きます…むぐっもぐがぶ…美味いのう…』


くちゃくちゃもぐもぐ…バリバリ…血の臭いだけがしてくる。


他の音は聞こえて来ないなか、肉を食い千切り噛む音だけが聞こえてくる。


これは絶対に夢だ。


だけど、怪我しているからか恐怖からか体が動かない。


どれだけ、恐怖を感じていたのか自分でも解らない。


長い時間だったのか短い時間だったのかも解らない。


すぐ近くから生臭い臭いがしてくる。


『これは酷いな…普通じゃ助からんな…まぁ良いわ…どうせ駆逐されるこの身…破損した目にはわらわの目を潰れた内臓や破損した部位にはわらわのこの身をやろう…これでも鬼の姫約束は守る…『2人との約束通り命は救ってやろうぞ』だが…その身については剃らぬがな…』


これは幻聴だ…


だが…夢うつつななか、僕の目には『目や体の大半を失った美しい天女の様な女性』が何故だか優しくこちらを見ている…そんな光景が見えた気がした。


◆◆◆


「清堕天姫が死んでいる」


「毘沙門天様、恐らくはもう逃げられないと悟り自害したのでしょう」


「最早手負い…滅するにしても天界に連れ帰るにしても、もう終わり…それを悟ったゆえの自害。最後まで碌でも無い存在だった」


「天にも成れる力を持ちながら鬼として生涯を終えた、愚かな存在…その体を天の火で焼いて弔ってやろう」


『もうこの体は人に同じ…ばれなんだな。わらわの身と力はあの少年にくれてやった…いつかその力が芽吹く…その時が楽しみじゃ…あとはこの業火を悲鳴をあげずに過ごし滅されれば…その事はバレぬ』


業火に焼かれながら…わらわは…あの少年の未来を何故か思った。


◆◆◆


「目を覚ましたようですね」


「此処は」


「此処は病院だよ。君は…運が良かった、本当に危なかったんだが、もう大丈夫だ。3か月近く寝たきりだったんだよ…目を少し傷つけたようだが眼球には問題が無い、恐らくすぐにそちらも見えるようになるよ」


「はぁ~」


何処が運が良いと言うんだよ。


両親は肉食獣に食われて頭部しかなかったそうだ。


何故か俺は傷が多かったそうだが…食われてはいなかった。


トラックの運転手は死亡。


そんな状態だった。


トラックの会社は全国的に有名な引っ越し業者で、保険金と賠償金がしっかり出たから…親戚の家でも肩身は狭く無かった。


ただ…この時、いや正確には病院で包帯がとれた時から僕の地獄が始まった。









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