檸檬
大根初華
檸檬
「一緒に踊ってくれませんか?」
いわゆる暗い人間な僕は精一杯の勇気を振り絞って彼女に声をかけた。声が凄く震えていたのが僕の耳に届いて、明らかに挙動不審なのがわかった。
学校のダンスの授業。
二人組になるように、と先生から指示を受けたので、近くにいた彼女に声をかけたのだ。
「いいよ」
彼女は笑顔でそう答えた。
それが僕と彼女との(ほぼ)初会話だった。
それから季節が巡り、僕たちは大学生になっていた。
高校大学は別々だったのが、近くのコンビニでバッタリあったのがきっかけで、また話すようになり、付き合うようになった。
あの頃からほとんど変わっていない僕だけど、彼女はクールでかなり大人っぽくなっていた。それでも、あの頃のような笑顔を時折浮かべていることが僕にはとても嬉しかった。
ある時のデートで、彼女の好きなレモンをかたどったのアクセサリーを手作りしてプレゼントした。
とても喜んでくれたのだ。
その直後轢き逃げに巻き込まれ、彼女は僕の元へ戻ってくることは無かった。
だから僕は復讐を決めた。
梶井基次郎の【檸檬】では無いけれど、彼女の好きだったレモンの爆弾で、彼女を死なせたこの世界への復讐。
待ってろ――――。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【待ってろ――――】
ノイズと共にイヤホンから男の声が聞こえてくる。
それを聞くのは乗用車の運転席に座るスーツ姿の女性だった。
助手席には無造作に投げ捨てられたレモンジュースのペットボトルがある。
とあるアパートの一室をこの女性は盗聴しているのだ。
狙いはただはひとつ。
それは復讐。
私のすべてを奪ったアイツへの復讐。
あいつとは付き合ったことがなく、ストーカーのような存在で、交通事故で倒れたと見せかけてようやく離れることができた。それまではずっと恐怖でしかなった。だからこそ、同じような目をあいつに与えなければ気がすまなかった。
だから、やはり復讐なのだ。
だが、時期は待たなければならない。
まだ時期尚早だ。
だから、もう少しだけ――――。
女の左の口角がゆっくり持ち上がり、歪な笑みを浮かべた。
END
檸檬 大根初華 @hatuka_one
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