プレーリードッグをよろしく

物部がたり

プレーリードッグをよろしく

 電柱の下に段ボール箱が捨てられていた。中を見ると「プレーリードッグをよろしく」という手紙と共に、プレーリードッグが入っていた。れいとプレーリードッグとの出会いだった。

 プレーリードッグのつぶらな瞳が、れいに「拾ってください」と語りかけているようだった。

「そんな目で見ないでくれ……。うちのアパートはペット禁止なんだよ……」

 

 そういうと、プレーリードッグは人の言葉がわかっているかのように肩を落とした。

「ごめんな……。良い人に拾ってもらうんだぞ……」

 れいは自分の良心に言いわけしながら、その場を立ち去ろうとした。

 だが、プレーリードッグは立ち上がり、れいの背中をいつまでも見つめていた。


    *                *         


 というわけで、拾って帰ってしまった。

 アパートに帰って来てから深く後悔したが、一度拾った動物を再び捨てに行くのは、見て見ぬふりして通り過ぎる理屈にはいかなかった。罪悪感がその何十倍ものしかかる。

 れいは誰か飼ってくれる人が見つかるまでの里親を引き受けることにした。

 だが、ドッグドッグでも、なぜプレーリードッグが捨てられていたのか?

 名前にドッグと付いているが、プレーリードッグはイヌ科ではなくネズミ目リス科の動物らしく、英語で「草原の犬」を意味する。

 犬や猫ならまだ飼い方はわかるものの、プレーリードッグとなると皆目見当もつかぬ。

 

 ネズミ目リス科だとすれば、ネズミやリスが食べるものを与えればいいのだろうか。れいはリスが食べる穀物や果物、木の実、野菜などをあげてみた。

 プレーリードッグは両手で器用に持ってもしゃもしゃ両頬を膨らませながら食べた。

 その姿を見ていると、確かに犬ではなくリスだった。

 その日から、れいとプレーリードッグの暮らしが始まった。

 のだが、犬や猫と違いプレーリードッグを飼うことは何十倍も大変だと知った。まず犬や猫と違い、教えてもトイレを覚えてくれないし、体臭が独特だった。

 なにより大変だったのは、当然ながら鳴くことであった。


 そんな生活をしていれば、一週間も経たずして大家さんに見つかってしまった。

「犬の鳴き声がするって知らせが入ったんだけど、ペット飼ってるんじゃないでしょうね」

 当然、隠しきれない。

「はい……。犬じゃなくてプレーリードッグです……」

「プレーリードッグ? だから犬でしょ」

「いや、犬じゃありません。プレーリードッグです。ネズミ目リス科のプレーリードッグです」

「どっちでもいいわ。うちはペット禁止だって知ってるでしょ」

「はい……」

「ペットをどうにかするか。ここ出て行くかしてちょうだい」

 規則を破ったのだから当然であるが、れいはこのアパートを追い出されたら困るのだ。

 

 だが、プレーリードッグを捨てることもできない。

 れいは大家さんに事情を説明した。

「れいさん。あなたね。動物を飼うってそんな簡単なことじゃないってわからなかった。人の勝手な都合で振り回されて、ペットだっていい迷惑でしょ」

 ぐうの音もでない。

 説教されたものの大家さんは鬼ではなかった。昔気質の人情味のある人だったことが幸いした。

「じゃあ、わたしの知り合いに、そのプレーリードッグ? を引き取ってくれる人がいないか訊いてあげるから、もし見つかったら悲しいだろうけど引き渡してくれる」

「いいんですか!」

「特別だからね」

「はい! ありがとうございます。本当にありがとうございます」


    *               *           


 それから一週間後、プレーリードッグを引き取りたいという人が見つかった。れいも話を聞くまでは知らなかったが、プレーリードッグは感染症の侵入防止のためにニ○○三年から輸入が禁止されており、ペットショップも入荷待ちで、現在は国内で繁殖された個体しか出回っていないレアな動物だという。

 プレーリードッグを引き取りたいといってくれた人も、すでに一匹飼っており、ペアを手に入れるために入荷を待っていた。そこに湧いて出た話だったので二つ返事で引き受けてくれたというわけだ。

「短い間だったけど貴重な経験させてもらったよ。ありがとう。元気でな」

 れいはプレーリードッグに別れを告げ、新たな飼い主に引き渡した。

「プレーリードッグをよろしくお願いします――」

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